15人が本棚に入れています
本棚に追加
二十二話 借金
美代のかわりに仕事をするようになってから数ヵ月。仕事にも慣れてきたのでメイドの数を減らし、何度かメイドをかえながら、俺達は日々を過ごしていた。
「・・・それで今度、温水プールに行くことになったんですよぉ」
「ほおー」
談話室から美雪と淳蔵の声が聞こえてきた。美雪はジャスミンのお気に入りらしく、今だ肉になっていない。
「おー、直治」
淳蔵に手招きされたので、話の輪に加わる。ソファーにはジャスミンも座っていた。
「こいつ彼氏できたんだって」
「・・・ほお」
美雪は照れ臭そうに笑った。
「実は、おかげさまで借金を無事に返済することができたんですよ。友人がそのお祝いにって飲みに誘ってくれて、お節介にも男性を紹介してくれて、その方と・・・」
「だから外泊が増えたのか」
「す、すみません」
「いや、良かったな」
「はい!」
絞め時か?
淳蔵に目配せをする。淳蔵は首を横に振ってジャスミンを指差した。ジャスミンは睨むように、じっと俺を見ていた。
「もう恋なんてしない! って思ってましたけど、人を好きになるっていいですねぇ。このところ、ごはんが美味しくて美味しくて・・・」
「あー、美代帰ってこねえかなあ。あいつ料理は上手いからなァ・・・」
長い付き合いだが、淳蔵と美代は仲が良いのか悪いのか未だにわからない。
「淳蔵様と美代様ってどれくらいのお付き合いなんですか?」
俺の気持ちを代弁するかのように美雪が聞いた。
「美代が十六の時からだから・・・。十六年だな」
「えっ、美代様の人生の半分じゃないですか」
「そういう考え方もできるな」
「直治様とは?」
「・・・十年だな」
「うわあ、長いお付き合いですね・・・」
ジャスミンがソファーから降り、尻尾を振りながら談話室の入り口に向かう。
「ふあー、おはようー」
都が談話室に入るなり、美雪を睨みつけた。
「お、おはようございます・・・?」
「都、どうした?」
「美雪さん、貴方・・・」
腕を組み、首を傾げる。
「妊娠してない?」
「えっ!?」
美雪が腹をおさえる。
「心当たりは?」
「・・・あり、あります」
「そっかぁ」
都は美雪の対面、淳蔵の隣に座った。
「都様、私・・・」
「うん?」
「本当に妊娠しているとしたら、産むの、怖いです・・・」
「そっかぁ。私は経験ないからなんとも言えんなぁ」
「あってたまるか」
淳蔵が苦い顔で言う。
「お相手はわかってるの?」
「はい。でも、結婚とか、まだそういう段階ではなくて・・・」
「うーむ」
「わ、私の両親、厳しくて、借金の時も揉めたのに・・・。結婚もしてないのに、子供ができたなんて知られたらどうなるか・・・。相手の方も、まだ付き合いたてだし、結婚なんてとても・・・」
「あ、そっか。借金返したところだから貯金ないのか」
「ありません・・・」
ジャスミンが都の膝に顎を乗せる。なにか言っているんだろう。
「ねえ、美雪さん」
「はい・・・」
「小鳥にならない?」
「えっ!?」
「ここは出産や子育てには不便な土地だけど、車で麓の町に行けば病院も学校もあるし、子供と一緒にここで暮らすという選択肢も作ることはできるけど・・・」
都は少し伸びた前髪を指で流した。
「ま、お相手の方と相談してからね」
「み、み、みやござまぁ!」
「ちょ、やだやだ。まだなんにも決まってないのにそんな顔されても」
「私、今すぐ悟さん、あっ、お相手に相談してきます!」
「はいよ」
美雪は電話をかけるため、談話室を出て行った。
「・・・正気か、都」
「んなわけないじゃん。私ガキ嫌いだし」
都は短く溜息を吐いた。
「美雪さん、長生きしないみたいね。あと三年くらいかな?」
「へー、かわいそ」
「私達は食べちゃ駄目なんだってさ」
ジャスミンは、ちら、と俺を見た。
「なんにせよ、それが都のためになるんだろ。ガキの面倒見るくらい構わないぜ」
「そうだな」
「それより聞いてよ、美代が毎晩電話かけてきてね?」
都が西瓜を抱えるように頭を抱える。
「『会いたい』とか『寂しい』って言ってくるの・・・。どうすればいいのぉ・・・?」
「鬱陶しいの? 俺から言ってやろうか?」
「違うー! 私も会いたくて寂しくて死にそうなのぉ!」
「なぁんだつまんね・・・」
「淳蔵は肉の配達で定期的に会ってるからいいじゃん! 私は敷地から出られないのに・・・。うぅー」
指を網のようにして顔に被せ、不健康な表情でぶつぶつと言い始める。
「『外』の世界の魅力に気付いて帰ってこなくなったらどうしよう・・・」
「大分キてるな。毎晩電話がかかってくるならそれはないって」
「入試は十月だから、あと二ヵ月か」
「ざみじい・・・づらい・・・うううー・・・」
俺は淳蔵と視線を合わせ、互いに肩を竦ませた。俺達では美代のかわりにはなれないのだからどうしようもない。
「あのぉ、都様」
美雪が戻ってきた。頬に涙の跡がある。
「美雪さん、どうしたの?」
「・・・えへ、『絶対に俺の子じゃない』って言われちゃいました」
「ええー・・・」
「両親にも電話したら、『絶縁する』って・・・」
「あらぁー・・・」
「私、本当に、お世話になっても良いんですか?」
都は一瞬、歯を見せた後、にっこりと笑った。
「よろしくね、小鳥さん」
「わ、私っ! 一生懸命働きます! よろしくお願いします!」
美雪が土下座する。ジャスミンが美雪に近寄り、頭を上げるよう鼻でぐいぐいと押した。
最初のコメントを投稿しよう!