二十二話 借金

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二十二話 借金

美代のかわりに仕事をするようになってから数ヵ月。仕事にも慣れてきたのでメイドの数を減らし、何度かメイドをかえながら、俺達は日々を過ごしていた。 「・・・それで今度、温水プールに行くことになったんですよぉ」 「ほおー」 談話室から美雪と淳蔵の声が聞こえてきた。美雪はジャスミンのお気に入りらしく、今だ肉になっていない。 「おー、直治」 淳蔵に手招きされたので、話の輪に加わる。ソファーにはジャスミンも座っていた。 「こいつ彼氏できたんだって」 「・・・ほお」 美雪は照れ臭そうに笑った。 「実は、おかげさまで借金を無事に返済することができたんですよ。友人がそのお祝いにって飲みに誘ってくれて、お節介にも男性を紹介してくれて、その方と・・・」 「だから外泊が増えたのか」 「す、すみません」 「いや、良かったな」 「はい!」 絞め時か? 淳蔵に目配せをする。淳蔵は首を横に振ってジャスミンを指差した。ジャスミンは睨むように、じっと俺を見ていた。 「もう恋なんてしない! って思ってましたけど、人を好きになるっていいですねぇ。このところ、ごはんが美味しくて美味しくて・・・」 「あー、美代帰ってこねえかなあ。あいつ料理は上手いからなァ・・・」 長い付き合いだが、淳蔵と美代は仲が良いのか悪いのか未だにわからない。 「淳蔵様と美代様ってどれくらいのお付き合いなんですか?」 俺の気持ちを代弁するかのように美雪が聞いた。 「美代が十六の時からだから・・・。十六年だな」 「えっ、美代様の人生の半分じゃないですか」 「そういう考え方もできるな」 「直治様とは?」 「・・・十年だな」 「うわあ、長いお付き合いですね・・・」 ジャスミンがソファーから降り、尻尾を振りながら談話室の入り口に向かう。 「ふあー、おはようー」 都が談話室に入るなり、美雪を睨みつけた。 「お、おはようございます・・・?」 「都、どうした?」 「美雪さん、貴方・・・」 腕を組み、首を傾げる。 「妊娠してない?」 「えっ!?」 美雪が腹をおさえる。 「心当たりは?」 「・・・あり、あります」 「そっかぁ」 都は美雪の対面、淳蔵の隣に座った。 「都様、私・・・」 「うん?」 「本当に妊娠しているとしたら、産むの、怖いです・・・」 「そっかぁ。私は経験ないからなんとも言えんなぁ」 「あってたまるか」 淳蔵が苦い顔で言う。 「お相手はわかってるの?」 「はい。でも、結婚とか、まだそういう段階ではなくて・・・」 「うーむ」 「わ、私の両親、厳しくて、借金の時も揉めたのに・・・。結婚もしてないのに、子供ができたなんて知られたらどうなるか・・・。相手の方も、まだ付き合いたてだし、結婚なんてとても・・・」 「あ、そっか。借金返したところだから貯金ないのか」 「ありません・・・」 ジャスミンが都の膝に顎を乗せる。なにか言っているんだろう。 「ねえ、美雪さん」 「はい・・・」 「小鳥にならない?」 「えっ!?」 「ここは出産や子育てには不便な土地だけど、車で麓の町に行けば病院も学校もあるし、子供と一緒にここで暮らすという選択肢も作ることはできるけど・・・」 都は少し伸びた前髪を指で流した。 「ま、お相手の方と相談してからね」 「み、み、みやござまぁ!」 「ちょ、やだやだ。まだなんにも決まってないのにそんな顔されても」 「私、今すぐ悟さん、あっ、お相手に相談してきます!」 「はいよ」 美雪は電話をかけるため、談話室を出て行った。 「・・・正気か、都」 「んなわけないじゃん。私ガキ嫌いだし」 都は短く溜息を吐いた。 「美雪さん、長生きしないみたいね。あと三年くらいかな?」 「へー、かわいそ」 「私達は食べちゃ駄目なんだってさ」 ジャスミンは、ちら、と俺を見た。 「なんにせよ、それが都のためになるんだろ。ガキの面倒見るくらい構わないぜ」 「そうだな」 「それより聞いてよ、美代が毎晩電話かけてきてね?」 都が西瓜を抱えるように頭を抱える。 「『会いたい』とか『寂しい』って言ってくるの・・・。どうすればいいのぉ・・・?」 「鬱陶しいの? 俺から言ってやろうか?」 「違うー! 私も会いたくて寂しくて死にそうなのぉ!」 「なぁんだつまんね・・・」 「淳蔵は肉の配達で定期的に会ってるからいいじゃん! 私は敷地から出られないのに・・・。うぅー」 指を網のようにして顔に被せ、不健康な表情でぶつぶつと言い始める。 「『外』の世界の魅力に気付いて帰ってこなくなったらどうしよう・・・」 「大分キてるな。毎晩電話がかかってくるならそれはないって」 「入試は十月だから、あと二ヵ月か」 「ざみじい・・・づらい・・・うううー・・・」 俺は淳蔵と視線を合わせ、互いに肩を竦ませた。俺達では美代のかわりにはなれないのだからどうしようもない。 「あのぉ、都様」 美雪が戻ってきた。頬に涙の跡がある。 「美雪さん、どうしたの?」 「・・・えへ、『絶対に俺の子じゃない』って言われちゃいました」 「ええー・・・」 「両親にも電話したら、『絶縁する』って・・・」 「あらぁー・・・」 「私、本当に、お世話になっても良いんですか?」 都は一瞬、歯を見せた後、にっこりと笑った。 「よろしくね、小鳥さん」 「わ、私っ! 一生懸命働きます! よろしくお願いします!」 美雪が土下座する。ジャスミンが美雪に近寄り、頭を上げるよう鼻でぐいぐいと押した。
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