七話 情欲

1/1

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/394ページ

七話 情欲

八月。都様の誕生月だ。十六部屋ある客室は満杯で、私と恵美ちゃんはバタバタと慌ただしく日々を過ごしていた。美代様も少しお疲れの様子で、仕事の合間に飲むハーブティーのおかわりの回数が多い。 私が談話室の隅でジャスミンのブラッシングをしていると、淳蔵様が来て雑誌を読み始めた。それから暫くすると、宿泊客の雨田夫婦と都様の話し声が聞こえてきた。 「都さん、昨晩はありがとうございました。わたくし、とっても素敵な夢を見ることができました」 「それはよかった。よろしければ談話室で詳しく聞かせてくださいませんか?」 「ええ、ええ! わたくし、今朝から旦那以外に語りたくて語りたくて、もう・・・」 それから雨田夫婦と都様が談話室に入ってきたので私は立ち上がったが、都様がそれを手で制した。私はジャスミンのブラッシングを続ける。 「あの、彼は・・・?」 雨田の旦那が言った。 「息子の淳蔵です」 都様が答える。雨田の旦那は、はぁ、だか、ほぅ、だか溜息にならない溜息を吐いた。 「おはようございます」 淳蔵様が余所行きの声で言ったので、私は背筋に妙な痺れが走った。雨田夫人が語り始める。 「初めに見たのはシロツメクサでいっぱいの花畑でした。そこに、もう三十年も昔に他界した母と、一昨年他界した、十六年可愛がった愛犬のチャモが居たんです。母がチャモを抱いていて・・・」 雨田夫人の声は涙に震えており、時折ハンカチで目元を拭っていた。私は盗み見と盗み聞きを続ける。痩せのっぽの雨田夫人と、横にでぶっちょのハゲの雨田の旦那。雨田の旦那は夫人が語るのに相槌も打たず、淳蔵様をじーっと見ていた。雑誌から目を上げた淳蔵様と視線が合うと、淳蔵様がニコリとこれまた余所行きに微笑む。私達メイドの前ではあんな表情はしない。私は複雑な気持ちになったが、雨田の旦那は顔を赤くして軽く頭を下げ、後頭部をぽりぽりと掻いた。 「・・・そうですか。最後は寝たきりだったお母様と、チャモちゃんの散歩に」 都様が優しい声で、包み込むように言う。 「はい。母とチャモの相性が良かったみたいで、安心しました。これで過去に囚われず、前に進めます」 夢如きで、という言葉が一瞬脳裏によぎったが、私もまた、その夢に翻弄されている一人なのだ。だって、昨晩だって夢を見た。昨晩は・・・。 「旦那様は? 夢は見られましたか?」 都様が歌うように言う。雨田の旦那はぴくっ、と反応して固まると、淳蔵様を見てのぼせたように赤くなった顔を手の平であおいだ。 「いやー、すけべな夢を見ましたよ」 「あ、貴方ッ! 下品なこと言わないで! 失礼ですよ!」 夫人がきつく叱ると、都様が『まあまあ』とそれを押しとどめた。 「そういう夢を見るお客様も結構いらっしゃいますよ」 「そ、そうなんですか?」 「はい。お仕事に疲れている方が、よくそんな夢を見ます」 「そ、そうなんですか・・・」 私はごくりと唾を飲んだ。鼻息が、呼吸が荒くなる。昨晩、『俺』は・・・。 『綺麗にしてきたのね、淳蔵』 都が俺の尻の穴を舐める。俺は仰向けになり、快楽に震えていた。 「都に嫌な思い、させたくないから・・・」 「良い子だね。じゃ、挿れようか」 握り拳にローションをたっぷり絡ませて、都が俺の尻に拳をねじ込んだ。 「ああっ、あっ、あ! うぐぅ、き、きもち、いい・・・!」 「はい、じゃーんけーん・・・」 『アレ』がくる。苦しくて、気持ち良くて、どうしようもない『アレ』が。 「ぽん!」 都が俺の直腸の中で手をぎゅっと握った。指の骨が、ごつごつした感触が尻の中に広がる。 「うぐあっ! あっ! あっ! あっ!」 「あーいーこーでー・・・」 萎えるどころか、ガチガチに勃起して痛い。 「ぽん!」 都がくすくす笑う。 「淳蔵、ちゃんとじゃんけんしようね。付き合いが長いんだから私のじゃんけんの『クセ』はわかってるでしょ?」 「は、はいぃ・・・」 「じゃあ、あーいーこーでー・・・」 グーの次はチョキ、チョキの次はパーだ。俺は意識が飛びそうになるのを堪えながら両手でチョキを作った。 「ぽん!」 「あっ、あっ、あああっ、おお、お・・・!」 「はい、淳蔵の勝ち。じゃあ、ご褒美あげましょうね」 都が俺の男根をしごく、しごく。 「いぎっ!! いぃぃいぃい!! いぐ!! おぉおぉお!!」 俺の理想の女王様、ご主人様。タイミングを完璧にわかっているので、射精の寸前に俺の尻の穴から都の手が抜かれる。排泄の解放感を上回るとてつもない快感。俺は全身を痙攣させるしかなかった。 「だらしないねえ。普段の淳蔵からは想像もつかないでしょうね。もし、誰かに見られたらどうするの?」 都がくすくす笑ったので、俺も笑って答えた。 「・・・すっげえ興奮する」 都は、今度はニヤリと笑った。 「絵葉さん? ジャスミンのブラッシングは終わった?」 いつの間にか、談話室には都様とジャスミンだけになっていた。毎日のブラッシングでつやつやになったジャスミンが尻尾を振ってこちらを見ている。 「は、はい!」 「絵葉さん、ごめんなさいね」 突然の謝罪に、私は吃驚して瞬きをする。 「百子さんが居なくなっちゃったから、忙しいでしょう?」 なんだ、そんなことか。 「あぁ・・・。いえいえ! やりがいを感じます!」 「そう? でも、八月も、もうすぐ終わり。そうしたら少しは暇になるから。絵葉さんにも恵美さんにも連休を取ってもらおうと思ってるの。遅いお盆休みね」 「はい! とっても嬉しいです!」 「そうそう、美代と相談したんだけど、絵葉さんの基本給を上げようと思ってるの。具体的には・・・」 都様が金額を提示する。 「・・・なんだけど、どう?」 「嬉しいです! 私、この屋敷を終の棲家だと思って、うんと頑張ります!」 「終の棲家? フフ、変なこと言うのねえ」 都様はくすくす笑った。可愛い。 「ま、終の棲家もいいかもね」 私は顔が勝手に笑うのをおさえきれなかった。 ああ、都様。 私を騙して息子達と貪りますか? それとも、 私も愛玩してくださりますか?
/394ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加