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九話 提案
私は恵美ちゃんに軽い嫉妬を覚えていた。それと同時に疲れていた。夢を見ない日はぐっすり眠って疲れを取ることができるが、その間、憧れの都様との夢は恵美ちゃんが見ているのだ。そう思うと、心がぐちゃぐちゃになるのだった。
今日は直治様の夢である。珍しい。
「都」
「ん?」
「美代に『あと』つけただろ」
「えっ、そうなの? うっかりしてたかも」
「淳蔵が嫉妬してうるさかった。あと俺も、」
俺は利き腕で都の胸元を掴んで乱暴に引き寄せた。
「嫉妬した」
都は初め吃驚していたが、やがて呆れたような悪巧みしているような笑みを浮かべて俺の手首を掴んだ。白魚のような指。俺の身体の力が抜けていく。跪いて都を見上げる。俺の手首を握る都の指には大して力が入れられていないのに、まるで捻り上げられているかのように逃げられなかった。
「嫉妬するくらいなら、もっと遊びに来てよ」
「だって、俺は・・・」
「うん?」
「俺は、淳蔵みたいに積極的になれないし、美代みたいに褒美を貰える立場じゃないから・・・」
「なぁんだ、そんなこと気にしてるの?」
都は膝をつき、俺を抱きしめる。
「頑張り屋で引っ込み思案な直治。直治のそういうところが好きだよ。意外と男らしいところもね」
慈しむように頬に口付けられたので、俺は両手で都の顔を掴むと強引に唇を合わせた。お互いの舌が絡まると身体が熱くなって、なにもかもがどうでもよくなってくる。俺は都から唇を離し、息を吸い直した。今日の目的は都ではない。
「都、提案があって、」
「なあに?」
「絵葉を『小鳥』にしないか?」
小鳥。
こ、と、り。
なんのことだろう。
都は人差し指を唇にあて、少し考えるような素振りを見せたあと、フフッと笑って頷いた。
「いいよ」
「・・・恵美の方もなんとかしてくれ。鬱陶しい」
「あらら。にしても不思議だねえ。私はつまみ食いしたって別に怒らないのに、皆タブーみたいに取り扱っちゃって・・・」
「当たり前だろ! 淳蔵も美代も都以外と恋愛してたらブチ殺してやる!」
都は声を出して苦笑した。
「恋愛っていうにはちょーっと・・・」
俺を押し倒し、その上で四つん這いになった都が胸を揺らす。
「・・・皆さん変態すぎませんかねぇ」
「都の色香にあてられたらどんな清楚な女も痴女になる」
「褒めてるの?」
都は俺の乳首を想いきり抓り上げた。
「うっ、う・・・」
「直治さんは耐えますねえ。たまには自分の欲求に素直になってもいいんだよ?」
「じゃあ・・・」
「うん?」
「足、舐めながら、素股したい・・・」
都は満月のように笑った。屈している。俺は都に、屈している。しょっぱくて、それでも甘いにおいがする足を舐めながら、俺は必死に腰を浮かす。その度にローションでズルズルになった俺の男根が、都の太腿の間からぬぷぬぷと飛び出る。気持ち良すぎる。俺達は膣に挿入することは一度も許されたことがないが、そんなことはどうだっていい。それを上回る快楽を何度も味わったからだ。たまらなくなって都の足を噛むと、都は心底楽しそうに高らかに笑った。
「んみ、み、みやご、ざまぁ・・・」
私はもう気が狂いそうだった。どうして私には男性器が生えていないんだろう。私に男性器が生えていたら、今すぐ都様のところに行って、都様をぐちゃぐちゃに犯して、いやぐちゃぐちゃに犯してもらって。そんなことより、下着がビシャビシャだ。ベッドまで染みている。私は冷静なのか興奮しているのかわからない。好きな人の痴態を覗くって、こんなに嬉しくて、悲しくて、羨ましくって。恵美ちゃんは直治様の痴態を見て、一体どんな気持ちに。
「こと、り・・・?」
私は『ハムスター』だったはずだ。それを、『小鳥』にするとは、一体。
考えても仕方がない。私は服を着替えるとベッドのシーツを取り換えた。明日、様子を見て洗濯物として出しちゃおう。明日の洗濯当番は私なんだし。
「喉、乾いた・・・」
ここ数日ちょっと忙しかったので、水差しに水を汲むのを忘れている。部屋に備え付けの小さな冷蔵庫にはジュースが入っているが、これはとっておきのご褒美のものだ。勤務時間外にあまり館の中をうろつかないようにとは言われているが、少しくらい、いいだろう。私は水を飲むためにキッチンに向かった。
「あ、美代様・・・」
美代様がゆったりとハーブティーの湯気を漂わせていた。
「こんばんは。喉でも乾いたの?」
「はい。水差しに水を汲んでおくのを忘れちゃって」
「ははは、あるある」
私は震える指で水差しに水を汲む。そして美代様に問うた。
「あの、美代様」
「うん?」
「『小鳥』ってなんのことですか?」
ぴたり、と美代様が静止した。
「小鳥? 誰がそんなこと言ってたの?」
「直治様と都様が」
「直治と都・・・。あの二人なら今・・・」
美代様は口元を手で覆い、視線を滑らせて何かを考え始めた。
「私を小鳥にするって。二人がそんなことを仰る夢を見たんです」
「ふうん。夢ねえ」
私が俯いて答えを待っていると、美代様はにっこり笑って応えた。
「おめでとう。それは『良い夢』だ」
「良い夢?」
「この館では終身雇用するメイドのことを、『小鳥』と呼ぶんだよ。まあ、小鳥側から『やりたいことができた』って言って巣立っていくことの方が多いんだけどね」
「そ、そうなんですか? 期待してていいんでしょうか!? 私、この館を終の棲家だと思って頑張って働きたいんです!」
「終の棲家? そうかい、君は・・・」
美代様は髪を搔き上げ、どこか勝ち誇ったように、いや、私の気のせいかもしれない。
「都に惚れてるんだったね」
「ど、どうしてそれを」
「見てればわかるよ。そうなんだろう?」
「・・・はい。お慕いしております」
「いつから?」
「わかりません。一目見た時から、初めてお会いした時から、もしかしたら、産まれる前からかもしれません。この館でいろんな夢を見るうちに、感情はどんどんと高まっていきました。愛しています。都様を、愛しています」
「都もきっと喜ぶよ。さあ、もう戻って寝なさい」
「はい。おやすみなさい、美代様」
私は水差しを持ってぺこりとお辞儀をし、自室に戻った。期待を胸に、水を飲んで、寝る。
夢は見なかった。
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