一話 絵葉

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/365ページ

一話 絵葉

私の名前は赤木絵葉。『エバ』という名前は洋風で可愛いし、一発で覚えてもらえるので名付けてくれた両親には感謝している。年は今年で二十六歳になる。高校を卒業して就職したが激務と人間関係でうまくいかず仕事を辞め、数年間、実家でだらだらしていた。両親の強い勧めもあり、このままでは駄目だと心機一転、私は住み込みの仕事を始めた。 私の住居であり職場であるのは、『夢の館』と呼ばれている大きな館だ。何故そんな名前が付けられているのかというと、夢の館に宿泊すると、とても良い夢を見られるから、らしい。毎日クッタクタになるまで働いている私に夢を見る余裕なんて無いので本当かどうかはわからないが、それはそれは楽しい夢が見られるのだとか。私は夢目当ての宿泊客の身の回りの世話や、館の主の『都様』、そして彼女の『三人の息子』の世話をしているのだ。所謂『メイド』というやつである。 三人の息子。 長男の淳蔵様。高い背と彫りの深い美しい顔は外国の血が混ざっているのかもしれない。淳蔵様は自分の髪の毛をとても大切にしており、その長さは腰まで届くほど。王子様が乗る馬を擬人化したような美しい人だが、性格はどこか人を見下したような高慢ちきな人だ。唯一、都様の言うことは聞く。 次男の美代様。女の私より美しいのに、美容と健康に気を遣っているのだから余計美しい。いつも気怠い感じを漂わせているが仕事のできる人である。また、手先が器用で、機械にも強い。本人曰く『何かを生み出すのが好き』らしく、日曜大工から料理、細やかな装飾品からパソコンで遊べるミニゲームまでなんでも作る。都様と一緒に居るときは明らかに上機嫌になる。 三男の直治様。私の勘違いでなければ、いつも不機嫌な人、ではなく、寡黙な人、だ。館にあるトレーニングルームで身体を鍛え、よく食べ、よく本を読んでいる。筋肉を圧縮したような人とは思えないほど知的で、話しかけるのは怖いが、話しているといつの間にか落ち着いてしまう不思議な人だ。 この三人は血が繋がっていない。館の主の都様とも、だ。 だって都様は、二十代前半の若い女なのだから。 一条都。年の似通った淳蔵様、美代様、直治様を『息子』と呼んで可愛がり、愛犬のラブラドール・レトリーバーのジャスミン(オス)と戯れて日々を過ごしている、謎の人である。さっぱりとした短い髪と、大人の憂いと少女の幼さが交じり合い危うい雰囲気を漂わせる美しい顔。小鹿のようにすらりと伸びた手足、包容力を象徴するかのような胸。言葉をいくら尽くしても足りない。だって都様の姿形は、私の理想そのものなのである。 「ちょっと絵葉!! 聞いてるの!?」 「ひええっ!! はいぃ!?」 いけない、いけない。空想に耽っていた私を、先輩メイドの百子さんが叱咤する。 「ジャスミンの散歩の時間よ。そのあとは三時間くらい時間があるから休憩してくれていいわ。今日はお客様もいないし」 「えぇ! いいんですかぁ?」 「私は同じことを二度言うのが嫌いなの! って何度言えばわかるの!」 「すすす、すみませぇん! いってきます!」 『おーおー、女って怖ぇな』 頭上から降ってきた声に百子さんと一緒に頭を上げると、階段の上から淳蔵様と直治様がこちらを見下ろしていた。百子さんが吃驚して頭を下げる。 「淳蔵様、直治様、失礼しました」 「ジャスミンの散歩なら俺と直治で行くから、お前らは別の仕事しとけ」 直治様は何故か、一人では屋敷の外に出られないらしい。よく淳蔵様が連れ出している。 「あんた名前なんだっけ」 「・・・百子です」 淳蔵様は百子さんと何度もしたやりとりを、再び私の目の前で執り行った。 「あんま後輩を虐めんなよな」 「は、はい・・・」 「よし、直治。行くぞ」 淳蔵様と直治様は百子さんを苛つかせるだけ苛つかせてその場を去ってしまった。 「あのう、私はどうしましょう? なにかやることありますか?」 「い、い、わ! 休憩に入って!」 「は、はい!」 私は『百子さんは料理当番じゃなかったな』とこの時だけ頭を素早く働かせ、百子さんが来ないキッチンへ逃げ込んだ。 「あ、美代様」 キッチンには美代様が居た。私の声に振り返り、じっ、と私を見ると、再び何かしらの作業に戻った。そういえば美代様は料理好きだから、料理当番は百子さんと美代様と私でやっているんだった。今日は美代様の日だ。 「休憩かい?」 「はい・・・」 「ここまで声が聞こえてきてたよ。百子君は問題有りだな。前任者が居なくなって苦労してるんだろうけど・・・」 「美代様、お邪魔して申し訳ありません。私、水を一杯頂いたら、お暇いたします」 「よければちょっとだけ付き合ってくれないかい? 久しぶりにスープを作ったんだけど、味に自信が無くてね」 「わあ! 私でよければ、是非!」 美代様は小さな皿にスープをよそい、私に手渡す。その時の、スープを掬っている時の横顔が美しくて見とれてしまったのは秘密だ。私はスープを口に含んだ。香味野菜の芳醇な香りと味わい。まろやかな肉のコク。とても美味しい。 「どう?」 「とても美味しいです!」 「よかった」 美代様はにんまりと笑った。 「あのう、これ、なんのお肉ですか?」 「シロウサギの肉だよ」 「はあ、シロウサギ・・・」 「ジャスミンが時々、ね」 私は思わず手で口を覆った。 「あ、あんな可愛い顔して、ケダモノですね・・・」 「そうだねえ。それより、君、つらくないかい?」 「へ?」 「どうも、百子君に虐められているみたいけど」 美代様は首をこてんと傾けた。私は苦笑いで返す。 「私が悪いんです。仕事で失敗してばかりで・・・」 「ふうん・・・。ま、一通りできるようになるまでの辛抱だね」 「はい! 頑張ります!」 私は自分の鈍臭さになんて負けない。仕事は難しいし忙しいしで大変疲れるが、私は今の生活を気に入っているのだ。 そう。 美青年に囲まれ、理想の美女にお仕えするメイドの生活が!
/365ページ

最初のコメントを投稿しよう!