act.6 拓海・伴走

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   その後の事は、帰宅した親父に聞いた。  留置場の今井妻の取り調べを親父達は別室のマジックミラーから見て来たと言うが、その女の言葉は全てが常軌を逸した胸くそ悪い最悪なものだったと言う。(※逮捕されると最大で72時間、例え家族などでも面会は許されず)    悠里の命を狙ったのは間違いなくあのキチガイの両親、今井健士郎と今井由美子の夫婦だった。  取り調べによると、先だって死んだ今井の息子が夜な夜な両親の夢に現れ「悠里をよこせ、殺してこちらに送ってこい」と言ってきたと言う。  悠里に執着のある今井の息子は、そうでなければお前達を殺すと脅して来たのだと。  だから自分達は息子の亡霊の恐怖に耐えきれず、悠里を殺して息子に連れていかせれば良いと信じた。  もちろんそんなとんでもない話を警察が信じる訳はない。そんな事を言い出す自分達は気が狂っていると認識されるだろうから罪にはならないと、警察官を相手に堂々と言い放ったらしい。 「あいつらは父親の分からない子を生むような女の子供だ、うちの子のおもちゃになる位がお似合いなのよ!」  その今井妻がゲラゲラ笑っていたと。確かにそいつはキチガイだ、精神異常者を語って罪を逃れる気満々だ。  この鬼婆ァが、と時任さんが舌打ちしたという。 「何を言おうが今井由美子は放火殺人未遂の実行犯だ。旦那の今井健士郎も間違いなく共犯、精神異常の心神耗弱を狙うにはお前らは計画的過ぎるんだよ」  息子の亡霊の指示だとかって、それで放火殺人までしたと言うこいつらの言い分を真に受ける警察関係者はまずいない。司法はそれほど穴だらけじゃ無い。  そこの所をこの夫婦は全然分かっていないのだ。  自分がキチガイと認定されれば、全ての犯罪はチャラになると信じている。確かにある意味本当のキチガイだ。 「まぁ、せいぜい良い弁護士を雇えば良いさ。悠里と龍矢をこんな目に遭わせてくれた仇は、父親代わりの俺が必ず取ってやる!!」  時任さんの怒りは誰にも止められないだろうと親父は言う。あんなに怒りを顕にした所長は久しぶりだと。 「櫂、龍矢達の父親はな、古典文学の学者だったんだ。著書が和歌の文学賞候補にもなった程の立派な文学者だった」  だが父親の家は旧家の豪農という家柄で、今どき身分違いとか色々めんどくさい事をいう親戚がどっさり居たそうだ。北の父親はその家の次男だったらしい。  北の母親も、交際中に親戚から財産目当てとかはっきり言われた事もあったという。  母親は自分の妊娠を知りながらもその父親の前からあっさり姿を消した。その当時は特に探されるような事も無かった。  父親は探さ無い事が彼女への愛情だと信じていたらしい。彼はその後、実家で年老いた母の世話に明け暮れる日々を送りながら、結局一生独身を貫いた。  父親の人格にはなんの問題も無かったが、その実家連中の前時代的思想とはとてもお付き合いしたいとは思わなかった、それが北の母親がそこを立ち去った理由。  母親はそういうくだらない時代遅れの思想に自分の子供を巻き込むのが嫌だったのだ、きっと父親もそうだったのだろうと時任さんは教えてくれたという。  その後父親は風の噂で北達の存在を知り、その死の直前まで北兄妹を探し続けていたのは前述の通り。  以前に北達が受け取った父親の遺産である土地の事は、親戚には一切知られていない隠し資産だったそうだ。  その父親に立派に成長した北達を会わせてやりたかったと時任さんは言った。 「龍矢達は望まれなかった子供じゃない。龍矢も悠里も両親に愛されてこの世に生まれてきた子だ。少なくとも今井のようなクズ親子に蹂躙されていい存在じゃないんだ!!あいつらは本物の人間のクズで、人の命を弄ぶ化け物だ」  それでも身勝手な言葉を繰り返す今井の妻をあとは黙殺した。火災の現場で親父に投げ飛ばされて背中を打ち、病院に収容された今井夫も同様、法廷で会うのを楽しみにしていると時任さんが言った。  そして真波酒造の防犯カメラ映像には、マヌケにも倉庫周りで動き廻る今井夫婦の姿がしっかりと残っていた。  一応顔は隠しているが服装は捕まった時のアレ。しかもちゃんとガソリンを撒いて火をつける時には一定の距離をおいてしっかり逃げているし、仙石さんのトラックのドラレコには醸造所から逃げていく際に、ヘッドライトをしっかり消している今井夫婦の車なども捉えられていた。  ここまで通常の判断力があるのに心神耗弱も無いもんだ。こいつらは本当のバカ夫婦なんだな、と親父が冷たくせせら笑っていた。  放火犯が現場に舞い戻るという行動もパターン通りでなんの捻りもないと。    
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