act.6 拓海・伴走

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   翌日病院に着くと、やはり北は朝食を食べていなかった。床頭台に置かれた食事の前に、ぼんやりと座っているだけだ。 「こんなこったろうと思った、ほら」  その膝の上にパンが入った紙袋を置く。北の好きなうちのばあちゃん特製のベーグルサンドやら塩パンだ。ばあちゃんには昨日のうちに頼んでおいた。 「病院食(これ)は俺が食うから、お前はそれを食え」  食べ物を無駄にする訳には行かない。俺も朝食は済んでいるが、こんな病院食ぐらい…量は相当少ないな。ご飯と味噌汁と小さな鮭の切り身、それと沢庵2枚で終わり。それと牛乳。病院の朝食なんてこんなもんか。 「出雲」 「良いから食え」  ほら、コーヒーも付けてやるから。  出雲はようやく紙袋を開けて中からベーグルサンドを取り出した。立派なトマトとサニーレタス、スモークサーモン入だ。 「トマトと紫オニオンは真也が作ったもんだ、レタスはじいちゃん。ちゃんと食わなきゃバチが当たるぞ」 「ああ」  とりあえず食え。  北がパンを口に入れたのを見ながら、俺も病院食を一瞬で食べ終わる。味噌汁が超薄かった、確かに健康には良さそうだ。  北は無言でモソモソ食べているだけだが、とりあえず何とかベーグルサンドひとつを食べ終わったようだ。 「もう良いのか?」 「うん、味がしないんだ」  ああ、ショック状態が続いているのか。これ以上は無理だな。 「コーヒーを飲め、それが終わったらこれだ」  麦茶の1.5Lペットボトルを置いておく。とにかく水分だ、今日は見張っているからな。  それを見て北がちょっとだけ苦笑した。俺の気持ちは伝わっているらしい。 「さっきな、朝の検温が終わってすぐに悠里の所に行ったんだ」  きっと昨日はろくに寝られて無かったんだろうな。 「勝手には入れないからずっと部屋の前にいた。そしたら担当ナースが部屋に入れてくれたんだ。薬のせいかやっぱりずっと眠ってるんだけど、時々その口元がお兄ちゃんって俺を呼ぶんだ。そして痛いよって繰り返す。意識はないんだけどな」  それはそれでたまらない… 「それでもあいつの右手が熱いから、その身体の中で悠里が戦ってるのが分かる。あいつは今、必死に生きようとしてるんだ」 「うん」    身体が発熱してるのは悠里の身体が抵抗を続けているからだ。それを見ているだけの北が辛いのは当たり前だけど、それでも北は絶対に逃げない。  きっと一緒に戦っているんだ。 「じゃあお前もしっかりメシを食ってちゃんと元気でいろよ。味なんて感じなくても栄養になれば良いんだから」 「ああ、任せろ」  そう言って北はほんの少しだけ笑おうとした。結果、口の端が引きつった様になっただけだけど。  それでも笑おうとしていた。    妹を待つ決意を俺に伝えていた。
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