act.6 拓海・伴走

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   その日俺は、仕事帰りに真波酒造に立ち寄った。  隆成さんから電話があり、ちょっと話をしたいと言われていたからだ。 「おう拓海、わざわざすまん」  隆成さんはいつもの研究室にいると聞いていた。まっすぐその実験棟近くに車を停めて中に入ると隆成おじさんが待っていた。 「ちょっと相談があってな、そこに座ってくれ」  おじさんが示すテーブルの上には何かの図面だ。建築設計図のようだな。 「おじさん、これは?」 「新しい社宅の設計図面だ、場所を今の駐車場の辺りに移して建てようと思ったんだが龍矢に反対されている」  なんで?いい話じゃないか、朝の仕事だって来るのが楽になるし。 「わざわざ申し訳ないって言うんだ、火事のことであんなに会社に迷惑を掛けたのに社宅まではって。全くあいつは」 「それは北のせいじゃない」  全部あのキチガイ夫婦のせいだ。北も悠里もただの被害者だ。 「分かってるよ、だからそれは俺がキツく言い聞かせたんだけどあいつはとにかく頑固だからな。で、拓海に聞きたいのは悠里の今の様子なんだ」 「今の?」 「ああ、歩くのが不自由と聞いたから一応設計はバリアフリーの平屋で頼んであるんだけど、もっと細かい部分もしっかりと作ってやりたい。手すりはどう付けるかとか風呂とトイレはこういうのが良いとか。とにかく龍矢が何も話してくれんからそこから話が進まない」  それはとてもありがたい話なのに。  悠里の為に真波酒造の皆が色々考えてくれている、けど北の性格を考えると、それも仕方ない事の様な気もする。 「だから拓海に相談したかったんだ、悠里が退院できる頃には、生活し易い家を作って待っててやりたいんだよ」 「分かった」  隆成おじさん達の気持ちは十分に分かったよ。 「悠里は左半分の身体機能が落ちてるんだ、右手とかは割と動くらしいから手すりはそっちを重点にして。トイレは車椅子ごと入れる様に広くすれば楽だと思う。風呂は今はどうなのかな、今はリフトを使って入る機械浴みたいな物だと聞いているけど、今度もっと詳しく聞いてみる」  あくまでもさり気なくだな。  北も悠里も未だに戦っている。だからお前達兄妹を知る周りがそれを支えるのは当たり前なんだ。  あんな化け物達に、お前達の人生を狂わされたままにはさせないから。 「龍矢はもうオートバイは乗らないのかな」 「分からない」  あいつの気持ちを考えたらそうなるのか。  あの時、悠里は北の大事なものを守りたかっただけなのだ。結果、それが悠里にあんな重症を負わせてしまった訳だけれど。  あいつからはオートバイに関しての言葉は何ひとつ聞いていない。 「その事はしばらくそっとしておくか。あいつ本当にバイクが好きだったからなんかやるせないけど」  隆成さんが深い溜息をついた。  
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