act.7 龍矢・希望

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 いつものように悠里に夕食を食べさせる。  それでも右手が動かせるようになった悠里は、たどたどしい動きだけどスプーンとフォークは握れるようになった。俺は食事を取りやすいように解してやるだけになっていた。 「お兄ちゃんもごはん食べて」  俺も売店で買ってきたおにぎりを片手に持っている。一緒に食事をすれば、悠里も安心するのか釣られてよく食べてくれるのだ。  やっとここまで回復した。  喉に炎症があったので暫くは経管からの栄養食で、やっと流動食になり固形食へ。けど固形に変わったばかりの頃は、口を開くのも飲み下すのも辛いらしくて、なかなか食べてくれなかった。  刻み食にしてもらったものを更に自分でナイフを使って細かくしたりすり潰したり。悠里の好きな味のふりかけや味変出来るものを何種類も揃えたりもした。  病院だから大したことはやってあげられないが、そんな俺の姿を見ていた悠里は、俺の思いに応えるように一口二口と頑張って食べようとしてくれた。  痛みを堪えて泣きながら…  それは悠里の中のどこかに残っている、看護師としての矜持だったのかも知れない。 「お兄ちゃん、これお兄ちゃんが好きなおさかなだ、はい」  笑顔で俺にスプーンを差し出してくる悠里。こうして一緒に食事が出来るようになったのは何よりも幸せだと思う。  俺は悠里のスプーンを笑いながら口にくわえた。 「後で絵本を読んでやるからな」 「うん、いずも先生のお話だいすき!」  悠里の病室に置かれている数多くの絵本は、美音さんが一生懸命に揃えてくれた物だ。  古い作品も多かったからもう絶版になってる物もあったのに、それでも美音さんはいずも先生のコレクションを完璧に全部揃えてくれた。  その絶版になって入手できない筈の絵本は、全部美音さん個人の蔵書だったものだ。美音さんは自分も大好きなお母さんの貴重な絵本を、惜しげも無く悠里に差し出してくれたのだ。  本当にどれ程感謝したか分からない。  まだ左瞼が勝手に閉じる障害があるので絵本が読みにくいらしいけど、それでも俺がすぐ隣で読むその物語を右眼だけで一生懸命に追っている。  悠里にとっていずも先生の絵本はずっと特別なのだ。
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