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その晩、俺は夢を見た。
とても懐かしい人とその場所で会っていた。そこはどこかの高い岩山のような所で、とても綺麗な所だ。
これは出雲の家にある絵のシップロックの風景?俺とその人は穏やかな風に吹かれてそこに立っていた。
「リューヤ、久しぶりだね」
「エルスさん」
俺の親友によく似た面差しのその人が、すぐ側の手頃な岩を示す。俺は彼と並んでそこに座った。
「遅くなってすまなかった」
「え?」
「もっと早く会いに来たかったのだがなかなか力が戻らなかった、すまなかったリューヤ」
それはあの幼かった鷹を亡霊共の悪意から守る為に、彼と出雲の親父さんと俺と三人の力を使い切ったあの出来事の事か。
実はその時、何があったのか俺は一切覚えていない。ただその一夜が過ぎた時には、俺の霊能力と思われる物は思い切りすっからかんになっていた。
まるで生まれ変わったような清々しい気持ちで翌朝を迎えた事を覚えている。
だが今はあの力がもう一度欲しい。今井の息子という凶悪な悪霊を叩き潰す力が欲しい。
「エルスさん、俺の力は戻りますか?」
その言葉にエルスさんが俺を見た、とても優しい眼差しで。きっとこの人は出雲を見るような眼差しで俺も見ている。
もし俺に力が戻るなら、俺は自分の命に替えてでもあいつを殺す…じゃないかもう死んでるし。とにかくもう絶対に、悠里に近付けさせないように叩きのめす、擦り潰す。
絶対俺には出来る。悠里の為ならなんだってやってやる。
「リューヤの気掛かりはあの男だね、それはもう片付いたよ」
「え?」
片付いた?
「リューヤのお母さんと話をしたんだ。お母さんがリューヤの妹を護っている間に私が片付けた。ヤツは二度とリューヤにも妹にも害を成すことは出来ないよ。あの悪霊は私が跡形もなく破砕した、欠片すら残していないよ」
跡形もなく破砕…エルスさん本当に?ああ、でもエルスさんは笑っている。この人が相当の力を持った人なのは俺も知っている。
「そして君のお母さんは今もずっと妹の傍で君たちを護っているよ、妹はもう大丈夫」
だから悠里が何も言わなくなったのか?あれほど母に会いたいとずっと繰り返していたのに。
「リューヤはお母さん自慢の息子なんだよ、頑張り過ぎる君を心配している」
「そんな…俺は」
「リューヤ、君はまだ何も失っていない。だから大丈夫だ」
エルスさんが俺の肩を叩く。
「大事なものは全部リューヤの手の中にある、だからそれを忘れないで欲しい」
大事なもの…それは今なら分かる。
かけがえのない肉親だったり親友だったり、その家族だったり。知り合いになった多くの優しい人達だったり。
金では買うことの出来ない様々な想いや心、形の無い大切なもの。
「それでも必要ならばあの力を返そうか。時期は来ているんだ」
時期…あれから5年か。そうか、時期は来ているのか。
「あの、出雲の親父さんはどうするのですか?」
彼も力が戻されるのだろうか。
「カイはね、最初からいらないと言っている。そんなもの返されても困ると言われているよ」
エルスさんが笑う。本当に出雲の親父さんらしいな、納得だ。
「リューヤ、こっちの世界の事は私とお母さんに任せておくといい」
座っていた岩から立ち上がったエルスさんが俺の眼の前に立つ。
「君は君の世界を大事に生きて欲しい。私の息子と一緒にその世界の生命を全うして欲しい、これは君のお母さんの気持ちでもある」
「はい」
母ならきっとそう言うだろう。母自身も、生きるのにこんな力は不要だとよく言っていた。
「それでは預かっていてくださいエルスさん。あの男さえ消えてしまえば、俺はそれで良いです」
悠里が静かに暮らせるようになればそれで良い。持たないで済むならば要らない力だ。
「分かったよ、それではリューヤ帰ろうか。私の息子といつまでも仲良くね」
エルスさんがまた笑った。
俺の親友と同じ、優しく朱い綺麗な瞳で。
後からこの事を出雲に言うと、俺だってシップロックに登りたかったと半ギレでグレられた。
あそこ今、立ち入り禁止なんだよな。
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