act.8 拓海・初秋

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   悠里の治療の為に北は真波酒造を辞めることになったが、社長や副社長である隆成さんはそれをあっさりと認めた。  自分達はただの雇用関係ではなく、北兄妹の後見人同様を自負している。だから悠里の為であるこの転院を自分達が後押しすると言うのだ。  悠里の治療が終わりこちらに北達が帰った時には、勤続年数も継続の無条件再雇用が約束されている事になる。そんなことしか出来ないが、必ず帰ってきて欲しいと社長に頼み込まれていた。  北の持つ酒造技能士の資格を真波酒造に登録したままにする代わり、月々僅かな使用料を振り込んでくれるとか。そういう事からも北が戻って来る事を前提に考えていてくれてるんだ。  勿論、退職金代わりの一時金もしっかり支給されると言う。  隆成さんは悠里の為のバリアフリー社宅の建設をちゃんと進めていた。帰って来るのを待っているから当然だと。  本当は介護休暇を使わせたかったそうだが悠里の場合、他県に入院する事と少しずつだがリハビリも進んで出来ることも多くなっている為、適用にはならなかったらしい。  せっかく良くなって来たら使えない介護制度って何だって怒っていた。  北は、毎日病院に行ける様な仕事を探すから大丈夫と俺に言った。新聞配達や飲食店の皿洗いとか、学生の頃に散々経験してるから任せろって。  相変わらずの器用貧乏だ。これからの生活に不安が無いわけじゃないだろうにさ、こいつはいつもこんなもんだ。    
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