act.8 拓海・初秋

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   そして北の車に乗せられて来た悠里は、顔に皮膚移植の跡は紅く見えていたが、傷の保護はやっと頬の部分のガーゼだけになっていた。  両眼もちょっとだけバランスが悪かったがちゃんと開いていて、少し恥ずかしそうに助手席の窓から俺達を見上げていた。  そして不思議そうに俺の家も見上げる、見覚えがあると思っているのなら良いけどな。  そして美音を見て「お姉さん、いずも先生の絵本をいっぱいありがとうございました!」と笑顔ではっきり伝えていた。  その手にはあの絵本達がしっかり抱き締められている。その笑顔はちゃんと俺達が知っている悠里の顔で、事件からやっと8ヶ月が過ぎた今、悠里が頑張って来た日々を感じることが出来て俺もグッとくる。 「どういたしまして。悠里ちゃん、ちょっとごめんなさいね」  美音は自分が一番お気に入りだった白と黒のダルメシアン柄のふかふかキャスケット帽を悠里に被せた。つばが大きいのでいい感じに眼の周りの傷痕が隠れる。 「え?あ、フカフカで暖かい〜!お兄ちゃん可愛い?」  悠里がとても嬉しそうに北を見る。北はちょっと戸惑って、でも笑って頷く美音に「ありがとうございます」と。 「悠里ちゃんに似合うと思ったの、良かったら使ってね。これからもっと寒くなるでしょ?とても可愛いわよ」 「わぁ、ありがとうお姉さん!とても嬉しいです!」  その嬉しそうな悠里の笑顔を俺も見ることが出来た。俺は運転席の窓から、北に母ちゃんばあちゃん特製の弁当を手渡す。  母ちゃん達は家の中からこの様子をそっと伺っている筈だ、きっと涙ぐみながら。チビ達が学校で良かったよ、悠里に会いたいって大騒ぎする所だった。 「色々ありがとう、それじゃ行くよ」 「ああ、なにかあったら必ず連絡しろよ」  頷く北が車を発進させる。悠里は坂を下って行く間、ずっと笑顔で手を振っていた。  行ってしまったな。  けど、これは悲しい別れじゃ無い。再会はきっと約束されている。 「拓海、悠里ちゃん笑っていたね。やっと凪紗にもいい報告ができるわ」  だから美音も泣いていない、きっとまた笑顔で会える事を信じているから。  事件の最初からずっと悠里を心配している大阪の凪紗も、これで幾らか安心をしてくれるだろうか。  あの時、悠里の身に降り掛かった理不尽な悪意に、電話口で声を震わせて泣いていた妹だ。検事になるという決意を更に新たにしたに違いない。 「ああ」  二人で家に入ると、玄関の所でにゃん太がやけにいい姿勢で外をじっと見ている姿に出くわす。 「にゃん太も悠里ちゃん達を見送っていたの?」  そのにゃん太を美音が抱き上げる。最近は歩くのが苦手なにゃん太がよく母屋まで来たもんだ。  そう言えばにゃん太が大好きなのは悠里の膝だった。きっと頑張ってこいと送り出したのか。 「俺も仕事に行く」  北がいない間に俺がダレる訳にもいかない。  月夜美にしたってグリーンカウンティの他の仕事にしたって、まだまだやる事がいっぱいなんだから。 「はい、行ってらっしゃい」  美音とにゃん太に見送られ、再び玄関を出る。    ふと見上げた空に、色づき始めた近所の山の木々に気付く。もう秋なんだ。  次に逢えるなら、桜の下が良いな。  いくら時間が掛かっても良い。満開の桜の下で、またあの兄妹の笑顔に会いたい。 3c86ae50-03cb-46e6-bcc9-1c36087157f0   終わり  
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