クリスマスの朝に

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クリスマスの朝に

勇気を奮い起こして 呼び鈴を鳴らしたのに、 反応は…ない。 ドアに近づいて耳をすますと、 人の気配がしない。 出かけている…? こんなに朝早く…散歩? それとも、 電気をつけたまま 店に行ったのか…? 蓮の顔が 見られなかった落胆と、 幾分ほっとした気分が 綯い交ぜ(ないまぜ)になった。 張り詰めていた 心の糸が切れたのだろうか、 真冬の朝の寒さが 突然襲ってきた。 望は、ぶるっと震えた。 そういえば コートを着ていなかった。 メール…とも思ったが、 短くとも直筆で、 その方が 気持ちが伝わる気がした。 オーナメントを置き、 胸ポケットの手帳を 出そうとした時… 「望さん?」 声に振り向くと、 驚きの表情の蓮がいた。 「どうしたの?こんなに朝早く… ひょっとして、朝帰り? わざわざ オーナメントを 持ってきてくれたの? ともかく…、入って。 その格好じゃ、 風邪引いてしまうわ。」 「コーヒー淹れるわね。」 台所に立つ蓮は いつもと変わりなく、 この間の諍いなど なかったかのようだ。 ふと、 ソファに置いた 蓮の白いダウンに 目が行く。 ポケットから何かが 覗いている。 封筒?手紙? 取り出してみると「望さんへ」 の文字。 住所がないところをみると、 直接届けようとしていたのか? 「望さん、 いただいた双和茶があるんだけど 飲める?」 蓮に声をかけられて 慌てて手紙を 胸ポケットにしまう。 「う、うん。 久しく飲んでないけど、 昔風邪を引くと お祖母様に飲まされた事があるから 大丈夫だよ。」 「じゃあ双和茶にするわね。 疲れが溜まってるだろうし、 お酒の後みたいだから。」 双和茶特有の香りが漂ってきた。 以前は その薬臭さが 得意ではなかったが、 今日はなぜかホッとする。 むしろ懐かしささえ感じるのは 何故だろう。 「お待たせ。温かいうちにどうぞ。」 「ありがとう。 ほんのり甘くて美味しいね。」 「インスタントティーだから、 飲みやすくしてあるのかしら。 昔のはもっと 薬って感じがしたけど。 それとも、 身体が必要としているかな。」 「そういうことなの?」 「そうみたい。 漢方薬ってそうらしいわ。 身体が求めている物を 美味しく感じるんですって。 望さんゴメンなさい。 せっかく来てくれたのに、 もう仕込みに行かないと いけないの。 私は出かけるけど ゆっくりしていって。」 「僕が足止めしたんだし、 一緒に行って手伝うよ。 今日は元々 休むつもりだったんだ。 会社に連絡だけ入れるから ちょっと待って。 それと、 着替えたいから 僕の部屋に 寄ってもらっていいかな。」 そう言うと 望は電話をかけ始めた。 「企画室長の相馬です。 おはよう。 急で悪いけど社長と僕、 今日は、 休ませてもらうから。 急ぎの案件は済ませてあるから 支障はないはずだ。 えっ?社長、 とっくに出社してるって?」 どういうことだ? …その時着信メールが。
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