私は、だれ?

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私は、だれ?

私の名は、富樫 蓮。 今は、駅近くのビルの一階で 生ジュースの店を営んでいる。 望さんという優しい恋人もいて、 楽しくて、幸せな日々を 暮らしている。 けれど…、 時折不安が押し寄せてくる。 私は、誰なんだろう? ここにいて、こうして 幸せで、いいのかしら?と… 私は、自分の過去を知らない。 9歳の時、 事故で両親を失い 後見人の親類によって アメリカへ養子に出された。 事故のショックからなのか、 9歳以前の記憶がない。 養父母は優しい人たちだった。 けれども、 穏やかな時は短く、 養父は癌で他界。 養母も、 後を追うように亡くなり 私は、またひとりぼっちに なってしまった。 日本の親類は、 両親も養父母も亡くした私を “疫病神”のように扱い だれも、 手を差し伸べては くれなかった。 仕方なく、 自力で何とか 日本に帰ろうと アルバイトをして、 お金を貯めて、 ようやく、 帰国の目途が立った頃 アルバイト先のバーに ポストカードを 置いていった人がいた。 「なかなか、ハンサムな 好青年だったわよ。 いいお酒飲んでたし、 お金持ちかもよ… いってみれば?」 “〇〇日19時に 港の公園で待っています。” N.S N.Sって、誰? ポストカードには、 私の肖像画が鉛筆で描かれていた。 これは…確か、 2日前に オレンジ売りを 手伝っていた時だわ… いつの間に… いつもなら、 気にも掛けないのだが、 そこに描かれた 自分の姿が、 肩に止まった蝶を見て 微笑んでいた。 とても幸せそうな 自分の姿 私、こんな風に 笑うのね。 そのことがとても 嬉しかった。 私の周りでは、 大切な人が 皆いなくなってしまう… 自分は、幸せになれないのだ 幸せを、望んではいけないんだ いつの頃からか、 そんな風に 思い込んでいたように思う その私が、 絵の中の私は、 幸せそうに 笑っている… だからだろうか、 その絵を描いた人物に 会ってみたくなった。 もうすぐ、 どうせアメリカを離れる。 会ったとしても、 一度きり。 いい思い出に なるかもしれない… その日、 約束の時間の少し前に 港の公園に着いた。 “彼”は、 まだ来てないようだった。 公園は、人影も少なく 静かだったので、 来ればすぐに“その人”と わかりそうだった。 少したって… それらしき人が、 やって来た。 背は高かったが、 アメリカ人ではなく、 アジア系の顔立ち… 日本の人…? 「あの… ポストカードを下さった方ですか?」 「そうです。 ああ、やっぱり、 思った通り 日本の方だったんですね。 良かった。 あんな誘い方をして… 来てくれないかと 思ってました。」 「あんなに素敵に描いて下さって、 ありがとうございます。 私、もうすぐ帰国するんです。 ですから、 もうお会いすることも ないでしょうが、 いい思い出になりました。 そのお礼だけ云いたくて、 来ました。」 「そうなんですね。 残念だなぁ。 でも、僕も、 もう少ししたら、 帰国するかもしれないんで、 そうしたら、また、 会いませんか?」 「でも…」 「失礼。 知らない男から いきなり会おうと言われたら、 警戒しますよね。 僕は、相馬 望 といいます。 名刺だけ受け取ってくれませんか?」 「あ、はい。 ありがとうございます。」 『ホーム&ショッピング(株) 企画室 相馬 望』とあった。 「お勤めなんですね。 お若いから、学生さんかと…」 「実は、まだ肩書きだけで、 スネかじりです。 もしよければ、連絡下さい。 あ、携帯番号書きますね。」 名刺の裏に、 さらさらと携帯番号を書く。 そして、 ふたたび名刺を蓮に 手渡そうとした時 女性の悲鳴が聞こえた。 車が、バックで暴走していた。 ギアを入れ間違えたのか、 ブレーキと踏み間違えたのか… 望の方をめがけて スピードを上げてきた。 「あぶない!」 蓮は夢中で 体当たりするように 望を突き飛ばし、 そのまま、ふたりは 海に落ちてしまった…
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