業務命令?

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業務命令?

メールを開くと、 発信者は平木社長だった。 「今日は休むこと。 蓮さんに会って 仲直りすること。 これは業務命令と心得よ。 健闘を祈る」 “業務命令”…? 「あの…、望さん、 これでよかったら着ない? 人の服じゃ嫌かしら? 使ってない部屋を整理してたら 出てきたの。」 マンションに男物の服… 蓮は、 以前誰かとここで 暮らしていたのだろうか。 蓮の過去を僕は知らない… どこで生まれ、どう育ち、 どんな喜び悲しみを 経てきたのか… 好きな人の すべてを知りたい… それは偽らざる欲望ではある。 過去も未来も 語ろうとしないのには、 どんなわけがある? 過去は、いい。 もしそれが傷であるならば…、 おそらくそうなので あろうから。 いつかそれが癒えて、 ただの懐かしい物語になった時に 話してくれればいい。 けれど、 君の未来に 僕が居ないのは嫌だ。 蓮と夢を希望を 語り合いたい。 そのためには、 大人にならなくちゃ いけないよね。 「ありがとう。 どこで着替えればいいかな。」 「ここを使ってくれる。 普段使っていないから、 きちんと掃除が できていないけれど。」 屈託のない望の言葉に 蓮は、 ほっと小さく息を吐いた。 表情が翳った、 と思ったのは 気のせいだったのかしら。 もう怒ってはいないのよね。 こうして訪ねて来てくれた ということは。 望が着替えて現れた。 思ったとおり… だわ… 「これ、 誰が着ていたのか 聞いてもいい? なんだか、 自分の服じゃないかってくらい ぴったりなんだけど。 僕のために そろえてくれたわけじゃないよね。 新品じゃないし…」 「時間がないから、 出ましょうか。 車の中で話すわ。」 服なんか 出さないほうが よかったかのな。 どう話したら…いい? 口を開くことなく、 運転に集中しているかのような 蓮に 望も話しかけることをためらう。 …ぎこちない空気が 車内に充満する。 息苦しさを覚えて 思わず窓を開けた。 「ゴメン、寒いよね。」 「 ううん、 ちょっと睡眠不足で ぼうっとしてたから、 ちょうどよく目が覚めたわ。 あのマンションね、 一人で住むには 広すぎるでしょ。 だから、 引っ越そうかと思って 普段使ってなかった 部屋を片ずけていたの。 そうしたら、 その服とか 家の権利書とか 色々出てきたの。」 「それって、 僕と別れて 街を出るっていうこと?」 「…望さんに…嫌われても… それだけはしたくはない…けど、 …せめて同じ街に住んで 同じ空の下で暮らしたいけど、 …そばにいるのに会えないのは、 返って辛いのかなって…」 「僕は別れるつもりなんてないよ。 なのにどうしてそんな事考えるの? その訳がこれに書いてあるの?」 キイーッ 蓮は、思わずブレーキを踏んだ。 「ゴメン。 ポケットから覗いているのが 見えてしまって、 勝手に持ってきた。 読んではいないよ。」 「読んでいいのよ。 むしろ読んでほしいかな。 言い訳ばっかりで 恥ずかしいけど。 それで、 望さんが許してくれたとしても、 私のしてきたことが 無かったことには ならないって事は 分かってるつもり。 望さんが… 私から離れていったとしても 仕方ないことも…」 そう言いながら 静かに車を発進させる。 「蓮には敵わない…。」 「えっ?」 どういう意味? 「僕はいっぱいいっぱいなのに…、 今、結構重大発言したんだよ。 自覚してる? なのに…、 春の野原を花を眺めながら ”気持ちいいね”って 話すみたいに… 言う話かな…」 傷ついた表情の望。 「そんな風に見えたのね…ごめん…」 「いや…謝るのは僕のほう。 こっちこそ、ごめん。 自分の小ささが…ね。 蓮が悪いわけじゃない。」 「小さいなんて、そんなことない。 私だって、 望さんと喧嘩してから 毎日眠れないし、 泣いてばっかりだし、 気持ちはギリギリなのよ。 なのに、 どうしてそう見えたのかしら? 不思議。 ただね、 今まで 望さんのそばにいたいから 無理していい子ぶったり、 言いたいことも 言わなかったり してきたたけれど、 もうそれは 止めようって思った。 ありのままの私を見て それで、 嫌われたら仕方ない 本物じゃない 作り物の、 偽りの私を 好きになってもらっても そんなの、全然 幸せじゃないと 分かったから 今まで、 本性がバレて 嫌われるのが怖かったの 親類とか、 私の昔を知ってる人に ずっと“疫病神”って、 避けられてたから… この話は、 平木社長にも してなかったわ。 知ってるのは、 蘇我さんだけよ。
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