宣言

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宣言

「あ…ほんとに綺麗。 不思議…。 見る角度によって表情が変わるのね。 人の心みたい…。ね。 …いけない!つい見惚れちゃったわ。 望さん、 柑橘類の皮剥いて、 葉物を洗ってちょうだい。 …あと…、 リンゴは洗って四つ割ね。 皮は剥かなくていいから。 私はスープの準備をするわ。」 「オーケー」 言われたジュースの下ごしらえをしながら、ふと蓮を盗み見る。 その横顔は 穏やかで 生き生きとしていた。 「いいな。こういうの。」 「ん?何か言った?」 「なんにも…」 蓮は働くのが好きなんだな。 …というより、 おそらく、 働くということが 彼女を支えてきた。 懸命に生きる、 働くという日々が 彼女を否応なく 成長させてきたのだろう。 それに引き換え僕は…、 相馬家の後継者という 重さに耐え兼ね、 祖母の愛さえ鬱陶しく、 自由人という名の 逃避をしていた。 それなのに どっぷりとその経済力に 依存している… という矛盾。 端から敵うはずもない…。 からん、 と音をさせて 最初の客が来た。 「おはよう、蓮ちゃん。 クローズのままになっているから ひっくり返しておくよ。 野菜ジュースね。」 「スミマセン。 ありがとうございます。 おはようございます。 いらっしゃいませ。」 常連らしき客 が 次々にやって来て 慣れた様子で注文してゆく。 望さんレジお願い。 朝は値段同じだから。 了解。 目で合図をする。 「レジの彼、アルバイトさん?」 「いいえ、 今日だけ手伝ってもらってるんです。」 「ふ〜ん。で、誰なの? まさか、彼氏?」 「さあ〜、うふふ。」 お気に入りのジュースを飲み、 あるいはそんな軽口をたたいたりして、 客達は それぞれの職場へと向かって行った。 店内は静かになり、 朝の営業時間も そろそろ終わりだ。 「あ、望さんクローズにしなくていいわ。 今日は休みなしで営業するの。 3時で閉めるから。 壁に貼ってあるでしょ。 喧嘩する前に、 クリスマスの夜は一緒にって 約束したじゃない? とっくに貼りだしてしまったから そのままにしてたの。」 「 でも、約束は7時だったよね。」 「うん。 いつも通り5時まででも良かったんだけど、 美容院行ったり着替えたり、 …最後くらい 綺麗にしたいと思って…」 最後くらいって… その時女性のグループが来店した。 「いらっしゃいませ〜。 あ、小百合さん、こんにちは。 いつもありがとうございます。 前にも来てくださった お友達もご一緒に…。 ありがとうございます。 何になさいますか?」 「いつものリンゴジュースにしようかしら? あら、スープも始めたのね。 薬膳スープ? 温まって、身体に良さそうね。 …あら?望じゃない! どうしてここに? その服…? しかも、どうしてそっち側? 昨夜、蓮ちゃんといたの? どういうこと? …そういうことなの?!」 「違います!そうじゃなくて…」 「そういうことなんだ。 いや、そういうことなんです、 大叔母様。 昨夜は連絡しないで すみませんでした。 そういうことなんです。 だから…もう お見合い話はなしにしてください。 今まで言わなかったけれど、 彼女と付き合っているから 見合いを断っていたんです。 二人でちゃんと 報告に行くつもりでした。 こんな形になってしまったけれど… 蓮と結婚したいんです。 お許し下さい。」 「望さん…。」
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