第二十章 地獄でもう一度殺すつもりだ

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 最後に残るは鷲本憲和弁護士への慰謝料請求。お金なんかいらない。自殺した佐礼央が見た以上の地獄を見せてやる、と思いつめた頃もあったが、よく考えたら僕にとって佐礼央は一度会っただけの赤の他人。赤の他人のために僕の人生を危険にさらすわけにはいかない。  気の毒だとは思う。運が悪かったのだ。僕はあなたの分まで娘たちと幸せに暮らす。数ヶ月前、本気で鷲本夫妻を破滅させようと動いたこともあった。でも、連帯して鷲本夫妻と戦おうと考えていた望月保の協力は得られず、僕の熱気は一気に冷めてしまった。  佐礼央さん、復讐してくれると思ったのに裏切られて、僕が憎いかい? でもあなたがもっとも恨むべき相手は息子を殺した奥さんの交際相手か、不倫して息子を連れ去った奥さんか、奥さんに息子の連れ去りをそそのかした鷲本夫妻の誰かだろう。少なくとも僕じゃない。  特に鷲本弁護士の責任がもっとも重そうだ。夢香のケースもそうだった。  夢香が言うには、子どもの連れ去りもDVのでっち上げも婚費の請求も全部鷲本夫妻が提案したこと。鷲本友子弁護士はこんなふうに言って夢香をあおったそうだ。  「いいから子どもを連れて出て行きなさい。もちろん旦那さんには黙ってうちを出るのよ。別に珍しいことじゃない。みんなやってること。不倫してる? 関係ない。DVをでっち上げて逆に慰謝料も巻き上げてやればいい。とにかく親権争いは連れ去った者勝ちなの。連れ去られて文句を言ってきたら、面会させないよと脅して黙らせればいい。連れ戻しに来たら警察に通報して逮捕してもらえばいい。調停で面会が認められたって関係ない。それでも面会させなくたって別にあなたは困ることにはならない。別居親なんて金づるくらいに思っとけばちょうどいいの! たまに追い込みすぎて自殺しちゃう男もいるけど、それならそれで離婚前なら妻として夫の財産を相続できるから全然悪い話じゃない。婚費に慰謝料に分与された共有財産。成功報酬として30%くらい私たちがいただくけど、残りはすべてあなたのもの。さあ、お子さんとあなたの幸せのために一日でも早く決断して一歩踏み出しなさい! 私たちも全面的にあなたを支えると約束します」  弁護士だから弁が立つ。ただしその論理は虐げられた弱者を救うためのものでなく、ただひたすら私腹を肥やすため。夢香は催眠術をかけられたように、友子弁護士の提案に乗った。僕からすべてを奪い尽くした上で、松永賢人と再婚し娘二人も加えた四人暮らしの新生活を始める計画だった。  だが計画どおりだったのは最初だけ。僕らから予想外の反撃を食らい、運命の人の松永は警察に逮捕された挙げ句ケンカ別れ、娘たちは勝手に僕のもとに行ってしまい、結局職まで失った。  「私、一人ぼっちになっちゃいました。これからどうすればいいんですか?」  夢香はもう一人不倫関係にあった憲和弁護士にすがるしかなかった。確かに彼は優しくささやいてくれた。いつものホテルのベッドの上で。  「厳しい状況だけどあきらめるのは早い。いっしょに打開策を考えようじゃないか。――とりあえず挿れるね」  夢香は憲和弁護士に抱かれながら、この人も私の味方じゃないんじゃないかとようやく気がついた。  「本当に私に優しかったのは俊輔さんだけでした」  面会交流の日にそう言われたが、不倫する前に気がついてほしかったところだ。
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