エピローグⅡ 私たちの弔い合戦 ※鳥居真希視点

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 旗色が悪いと見て、朱里の母親の代理人の岡室弁護士も参戦した。  「ご主人は親権を争うつもりなのですか? 残念ながら裁判になればご主人の親権が認められることはありません。ここは親権を奥さんに渡した上で、面会権を確保する方が賢明だと思いますよ」  朱里の父親は本当の意味で賢明な人だったから、岡室弁護士の言いなりにはならなかった。  「僕と妻はまだ一言も離婚の話をしていないのに、それを最初に口にしたのが弁護士だなんてね。あなたたちは依頼者の夫婦を離婚させて、夫から分与される財産や夫に毎月払わせる養育費をピンハネして利益を得ているんですってね。軽蔑しますよ。裁判? 裁判で妻が勝って親権を取ったところで、朱里は今日のように何度でも妻の家から逃げ出して僕の家にやってくることでしょう。どうしても子どもを傷つけたいなら、裁判でもなんでもすればいい」  「私は朱里を傷つけるつもりなんて……」  「ある日突然有無も言わせず連れ去られて父親とも学校の友達とも切り離されて、朱里が傷ついてないと本気で思ってるのか!」  父親に一喝されて、母親は沈黙した。  「君があくまで僕と争いたいなら僕も徹底抗戦するよ。でも君が家に戻りたいと言うなら何もなかったことにして君を受け入れる。もちろん誘拐の告訴も取り下げる。たった一つだけ条件を飲んでくれれば」  「条件って何ですか?」  「さっき、子どもの連れ去りをそそのかす悪い弁護士がいるという話を聞いた。君の弁護士もそうなの?」  「そうです」  「条件は岡室弁護士の解任。自分の金儲けのために子どもの連れ去りを勧めて子どもの心に深い傷をつくった悪魔のような弁護士と、いつも真ん中に朱里がいる家族三人の生活と、君はどっちを選ぶんだ?」  母親は少し考えて、いや、何もなかったことにしてもいいと言われた時点で結論は出ていて、それは心の準備をする時間だったのかもしれない。  「勝手なことをして申し訳ありませんでした。戻りたいです」  母親は立ち上がり父親に深く一礼して、  「岡室先生、あなたを解任します」  「奥さん! あなたが言いくるめられてどうするんですか?」  「言いくるめたのは先生でしょう? 連れ去れば子どももお金も手に入る。DVもでっち上げて接近禁止を通告しましょう。お金と親権の交渉は私に任せてと言って」  岡室弁護士は憤慨して立ち去ったが、最後にこんな捨て台詞を吐いていった。  「とんだ茶番を見せられたもんね。奥さん、せいぜい後悔すればいい。両親に愛される子どもが幸せであるというのは、旧来の価値観に根ざした幻想なのよ!」  この人、そういう考え方だったんだなと呆れた。どんな偏った思想を持ってもかまわないけど、その偏った思想をもとにたくさんの家庭を壊してたくさんの子どもを泣かせてきた責任は絶対に取らせてやろうと改めて心に誓った。  杉原弁護士が教えてくれた悪徳弁護士のやっつけ方というのは、その収入源を断つこと。彼女は今仕事を一つ失ったわけだけど、もちろんこれで終わりじゃない。離婚ビジネス弁護士が顧問弁護士を務める会社を、悠と朱里の三人で一社一社訪問するつもりだ。顧問解任を求めて。  これから長い戦いが始まる。勝てればいいけど、負けるかもしれない。勝って、空の上のお父さんが喜んでくれる顔が見たいと心から思った。でもできれば、目の前であなたの喜ぶ顔が見たかった。  そういえば明日はお父さんの命日。私はお父さんのいない時間を一年間生きてきた。これからもずっと。  もう夕方なのに、お墓参りに行くと言ったら悠も朱里もついてきてくれた。寒い日にとびきり寒い場所にいっしょに行ってくれる二人とは死ぬまで友達でいたい。  お墓の手前で立ち止まった。あの人が来ていたから。もちろんあの人は明日の一周忌の法要にも参列させない。その時間ずっと自宅で留守番することになっている。だから前日にお墓参りに来たのだろう。  あの人は無言のままお墓の前でずっと土下座していた。いつからそうしていたのか? 分からないが、十分や二十分ではなく、もっとずっと長い時間そうしていたかのような印象を受けた。  今日は冬晴れの一日。天気予報通りなら夜もそのまま晴れているはずだ。それなのにあの日に降った雪が見えたような気がした。  悠と朱里も何も言わない。世界中探してもこんな静かな場所はないんじゃないか? そんなわけないのに、そんな気がした。  私は静かに歩み寄り、  「お母さん」  と声をかけた。  【完】
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