CASE1 菅池しおりの場合

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 ――翌日。  授業の準備をしていると、机の前に圭人がやって来た。  そして、大声でこう言った。 「おまえ、俺の消しゴムを盗んだだろ!」 「あれは私のものよ」  しおりは、昨日よりは幾分かはっきり答えて、筆箱から消しゴムを取り出した。そして、青いペンで書かれた「しおり」という名前を彼に見せる。  すると圭人は激昂した。 「俺の妹の名前も、しおりなんだよ!」 「これはママの字よ」 「俺のオカンだって……!」  そう(わめ)き立てた圭人は突然言葉を切り、しおりの筆箱に目を向けた。  そして、鉛筆に手を伸ばす。 「そこまで言うんなら、その消しゴム、おまえにやるよ」 「……え?」 「代わりに、鉛筆をもらってくから、いいよな?」  そう言うと圭人は、しおりの返事も聞かずに鉛筆を二本取り、さっさと席に戻った。 「待って、それは……」  だが先生が入ってきたため、抗議はそこで止まった。  悔しかった。  なぜこんなに馬鹿にされるのか。  顔を伏せ唇を噛む。  先生は何も気付いていない。  事情を知るはずのクラスメイトも何も言わない。  この教室じゅうの全てが敵だと思った。  ――私の友達を悲しませる奴には、バチが当たるよ。  その言葉がふと浮かんだ。  確かに気味は悪い。けれど、今しおりの味方と呼べるのは、あの不気味なトイレにいる、顔も知らない『友達』しかいなかった。  休み時間に、しおりは体育館の裏へ走った。  そして木の扉を押して叫んだ。 「許せない! あいつが許せない!」  床にくずおれて泣くしおりに、やはりペンキの剥がれた扉の奥から返事がした。 「どうしたの? 事情を話して」  優しい声だった。  それに導かれるように、先程教室であった出来事をしおりは語った。  涙が枯れた頃。 「……その子は、悪い子ね」  声は静かにそう言った。 「でもね、知ってる? 悪い子には、必ずバチが当たるの。……いい? また帰りにここに来て。そいつ、絶 対 に 許 さ な い か ら」  教室に戻ったしおりは、震えが止まらなかった。  酷くいけない事をした気持ちになっていた。  悪いのは、圭人だけだろうか?  しおりがもっと大きな声を出して、先生に訴えれば、済んだ事ではないのか?  ――バチとは一体、何なのか?  落ち着かない気分のまま時は過ぎ、放課後。  重い足取りで、しおりはあの小屋に向かった。  するとまた、竹箕が置かれ、その上に木蓮の大きな葉が何枚か重ねられていた。  それに丁寧に包まれるように、今度は鉛筆が並んでいる。 「…………」  ゆっくりと鉛筆を手に取り、確認する。確かにしおりのものだった――二本は。  彼女の手の中にあるもう二本。そこには「かすみ」と書かれている。  架純(かすみ)は、クラスでも目立つ子だ。  顔が可愛くて、流行りの服を着て、オシャレに三つ編みをした長い髪にリボンを付けて……。  しおりとは比べ物にならない人気者。  そんな彼女の鉛筆が、なぜ?  しおりは呟いた。 「これ、私のじゃない」  すると、扉の向こうの声は答えた。 「いいの」 「どういう事?」 「あの子、あなたが困ってるのを、影で笑ってたから」 「…………」  確かに、女王様気取りで態度が冷たく、しおりを見下しているようなところはあった。  でも、今回の件に、彼女は関係ないではないか?  だが、声は繰り返した。 「いいの。それはあなたのもの」  どうする事もできずに、しおりは鉛筆を握り締めて家に帰った。  でも、また圭人に何か言われるのが怖くて、もうその鉛筆は使えない。  仕方なくそれを引き出しに仕舞い、代わりにあまり気に入っていない、募金でもらった鉛筆を削る。それを筆箱に収めて、しおりは困った。  架純の鉛筆は、どうすれば良いだろう?  このまま持っているのは、泥棒みたいで気分が悪い。少し考えた末、明日こっそり返そうと、紙に包んでランドセルのポケットに入れた。  ――ところが。  翌日、学校に行くと、既に騒ぎは始まっていた。 「鉛筆がないんだけど」  架純が圭人の前に立って、声を荒らげていた。 「あんたが盗んだんでしょ?」 「知らねえよ」 「あの子の消しゴムだって、あんたが盗んだのよね」 「あれは、妹の……」 「泥棒!」  圭人は反論しようとしたが、架純の取り巻きの女子軍団に取り囲まれて、言葉を引っ込めた。 「泥棒」 「犯罪者」 「ゴミくず」 「貧乏人」 「知ってるのよ、あんたん()、ママがいないんでしょ」 「パパが再婚して、あんた、邪魔な子になったって聞いたわ」 「だから性格がひねくれて、泥棒なんてするのよ」 「あー怖い、近寄らないで」  ……しおりには言えなかった。  そんな中で、架純の鉛筆をしおりが持っていると分かれば、彼女らの(ののし)りの的はこちらになる。  しおりが、泥棒という事になってしまう。  その日から圭人は、いじめの対象になった。
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