7人が本棚に入れています
本棚に追加
――翌日。
授業の準備をしていると、机の前に圭人がやって来た。
そして、大声でこう言った。
「おまえ、俺の消しゴムを盗んだだろ!」
「あれは私のものよ」
しおりは、昨日よりは幾分かはっきり答えて、筆箱から消しゴムを取り出した。そして、青いペンで書かれた「しおり」という名前を彼に見せる。
すると圭人は激昂した。
「俺の妹の名前も、しおりなんだよ!」
「これはママの字よ」
「俺のオカンだって……!」
そう喚き立てた圭人は突然言葉を切り、しおりの筆箱に目を向けた。
そして、鉛筆に手を伸ばす。
「そこまで言うんなら、その消しゴム、おまえにやるよ」
「……え?」
「代わりに、鉛筆をもらってくから、いいよな?」
そう言うと圭人は、しおりの返事も聞かずに鉛筆を二本取り、さっさと席に戻った。
「待って、それは……」
だが先生が入ってきたため、抗議はそこで止まった。
悔しかった。
なぜこんなに馬鹿にされるのか。
顔を伏せ唇を噛む。
先生は何も気付いていない。
事情を知るはずのクラスメイトも何も言わない。
この教室じゅうの全てが敵だと思った。
――私の友達を悲しませる奴には、バチが当たるよ。
その言葉がふと浮かんだ。
確かに気味は悪い。けれど、今しおりの味方と呼べるのは、あの不気味なトイレにいる、顔も知らない『友達』しかいなかった。
休み時間に、しおりは体育館の裏へ走った。
そして木の扉を押して叫んだ。
「許せない! あいつが許せない!」
床にくずおれて泣くしおりに、やはりペンキの剥がれた扉の奥から返事がした。
「どうしたの? 事情を話して」
優しい声だった。
それに導かれるように、先程教室であった出来事をしおりは語った。
涙が枯れた頃。
「……その子は、悪い子ね」
声は静かにそう言った。
「でもね、知ってる? 悪い子には、必ずバチが当たるの。……いい? また帰りにここに来て。そいつ、絶 対 に 許 さ な い か ら」
教室に戻ったしおりは、震えが止まらなかった。
酷くいけない事をした気持ちになっていた。
悪いのは、圭人だけだろうか?
しおりがもっと大きな声を出して、先生に訴えれば、済んだ事ではないのか?
――バチとは一体、何なのか?
落ち着かない気分のまま時は過ぎ、放課後。
重い足取りで、しおりはあの小屋に向かった。
するとまた、竹箕が置かれ、その上に木蓮の大きな葉が何枚か重ねられていた。
それに丁寧に包まれるように、今度は鉛筆が並んでいる。
「…………」
ゆっくりと鉛筆を手に取り、確認する。確かにしおりのものだった――二本は。
彼女の手の中にあるもう二本。そこには「かすみ」と書かれている。
架純は、クラスでも目立つ子だ。
顔が可愛くて、流行りの服を着て、オシャレに三つ編みをした長い髪にリボンを付けて……。
しおりとは比べ物にならない人気者。
そんな彼女の鉛筆が、なぜ?
しおりは呟いた。
「これ、私のじゃない」
すると、扉の向こうの声は答えた。
「いいの」
「どういう事?」
「あの子、あなたが困ってるのを、影で笑ってたから」
「…………」
確かに、女王様気取りで態度が冷たく、しおりを見下しているようなところはあった。
でも、今回の件に、彼女は関係ないではないか?
だが、声は繰り返した。
「いいの。それはあなたのもの」
どうする事もできずに、しおりは鉛筆を握り締めて家に帰った。
でも、また圭人に何か言われるのが怖くて、もうその鉛筆は使えない。
仕方なくそれを引き出しに仕舞い、代わりにあまり気に入っていない、募金でもらった鉛筆を削る。それを筆箱に収めて、しおりは困った。
架純の鉛筆は、どうすれば良いだろう?
このまま持っているのは、泥棒みたいで気分が悪い。少し考えた末、明日こっそり返そうと、紙に包んでランドセルのポケットに入れた。
――ところが。
翌日、学校に行くと、既に騒ぎは始まっていた。
「鉛筆がないんだけど」
架純が圭人の前に立って、声を荒らげていた。
「あんたが盗んだんでしょ?」
「知らねえよ」
「あの子の消しゴムだって、あんたが盗んだのよね」
「あれは、妹の……」
「泥棒!」
圭人は反論しようとしたが、架純の取り巻きの女子軍団に取り囲まれて、言葉を引っ込めた。
「泥棒」
「犯罪者」
「ゴミくず」
「貧乏人」
「知ってるのよ、あんたん家、ママがいないんでしょ」
「パパが再婚して、あんた、邪魔な子になったって聞いたわ」
「だから性格がひねくれて、泥棒なんてするのよ」
「あー怖い、近寄らないで」
……しおりには言えなかった。
そんな中で、架純の鉛筆をしおりが持っていると分かれば、彼女らの罵りの的はこちらになる。
しおりが、泥棒という事になってしまう。
その日から圭人は、いじめの対象になった。
最初のコメントを投稿しよう!