甘い話

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「あまねちゃん、また来てたの?」  従姉妹の栞ちゃんが学校から帰ってきた。 「栞、おかえり。そんな言い方はないだろう、これでもお客さんだ」  叔父さん、これでもってなんだよ。 「漫画読みに来てるんでしょ」 「そんなことないよ、本も読んでる」 「どれどれ、あぁ江戸川乱歩、コナンじゃなくて?」 「もちろんコナンも読むよ」 「だと思った」  栞ちゃんは、一歳しか違わないのに中学生というだけで、何故か上から目線なのだ。  この本屋は、栞ちゃんの家で昔からよく遊びに来ていた。本も漫画もあって、立ち読みはいけないことだけど、親戚なのでまぁ、大目にみてくれることもある。  その、私にとって居心地の良い場所がもうすぐなくなるというのだ。 「叔父さん、なんで閉店しちゃうの?」 「そりゃまぁ、出来ることなら続けたいけどなぁ、いろいろ事情があるんだよ」 「ふぅん」  大人の世界はいろいろあるんだなぁ。私はずっと子供でいいや。 「閉店前に、私も本を買うからね」 「お金あるの?」  栞ちゃんが言う。 「お年玉があるもん」 「買う本は決めたの?」 「まだ、そのために来てるんじゃん」 「そっか」  その時、一人のお客さんがやってきた。夕陽を背にしていたので顔はよくわからなかったけど、スラッとした女の人だった。 「あ、学校の先輩だ」  栞ちゃんが小さな声で言った。 「え、中学生なの?」  もっと大人に見えたのだ。雰囲気だけど。 「よく来てくれる子だよ、常連さんにはほんとに申し訳ないなぁ」  叔父さんは、その人がいるであろう奥の棚を見つめ、悲しそうな声で言う。  しばらくして、その人は2冊の本を抱えてやってきた。私はあまりジロジロ見るわけにもいかず、本棚を眺めていた。  叔父さんとの会話が聞こえてきた。 「すみません、どちらかしか買えないんです、この本のだいたいの内容わかりますか?」 「あぁ、これは同じ作家だけど、終わり方が違うね。ハッピーエンドが好き?」 「そうですね、哀しい終わり方よりは」 「じゃ、こっちがいいと思うよ」 「ありがとうございます、じゃあこちらで」 「え、いいの?」 「はい、ここで買うのは最後になるので。こっちのハッピーエンドはまたどこかで買おうと思います」 「そう」  私は我慢できず振り返り、後ろ姿を見つめた。  お金のやり取りがあって、叔父さんが「ありがとう」と本を渡す。  その人は「ありがとうございました」と深々とお辞儀をし、お店を出て行く。  綺麗な後ろ姿だった。  しばらく呆然としていたが、ハッと我にかえる。 「叔父さん、その本」 「あん?」  あの人が買わなかった方の本だ。 「私が買う」  その、甘いストーリーでハッピーエンドの本を、私は何度も読み返すことになる。  そして、数年後にあの人と再開することになるのだが、それはまた別の話。
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