ある町の花屋

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うちは花屋を営んでいる。元々は母が経営していた店だが、その母が2年前に亡くなってしまってからは、近所の人がたまに手伝ってくれる以外、基本的に僕が1人で店をやっている。 昼間になって、昔からお世話になっている知り合いの雑貨屋から肥料をもらって店に帰ってくると、見覚えのある姿が店の前に屈んで花を眺めていた。 あれは、今朝の旅人さんだ。旅をしてるのに花を買いに来たのだろうか。 そう思いながらも挨拶をしてみる。 「…いらっしゃいませ」 「っ!」 体を跳ねさせてやや大げさな反応をした彼は、こっちを向いて目を丸くした。 「あ、君は、今朝の…」 呟かれた言葉に今度はこっちが驚く。あんな一瞬目が合っただけだったのに覚えられていたのか。 「このお店、もしかして君の…?」 「はい」 「そうなのか…若いのに凄いな…」 その言葉はお世辞ではなく、本当に驚いている様子だ。 僕は今17歳だけど、この町ではこれぐらいの歳で店を任されている人はそう珍しくもない。 「…お花に興味がありますか?」 「ぁ、ああ。この花が、とても綺麗だなと思って…」 そう言って、彼は薄い青紫の花を指差した。 「それはアガパンサスです」 「アガ…?」 「愛の花っていう意味があるんです。ユリ科の植物で、花言葉は「恋の訪れ」です」 「…詳しいんだな」 「花屋ですから」 「あっはは、それもそうか!」 明朗な声で笑う彼。その様子を見ただけで、多くの人に好かれるタイプだというのがわかる。 改めて彼の顔を見てみると、その体格に見合った男らしい精悍な顔立ちをしている。素直に、かっこいい人だと思った。 「俺はレン。君の名前は?」 「…ツバキ、です」 「ツバキ…花の名前だよな」 「そうですね。母が一番好きだった花で、そこからとったみたいです」 「椿にも花言葉はあるのか?」 「色々ありますよ。色によって違うんです」 「色?椿って赤じゃないのか」 「白とかピンクもありますよ。うちには全種類あります」 そう答えながら店の中に入り、椿が植えられた鉢を持って来る。 三色の椿の花を見渡した彼は、その内のピンク色の椿に目をやった瞬間精悍な顔を綻ばせた。 「可愛らしいな。色が違うだけでだいぶ印象が変わる」 「そうですね。赤って良くも悪くも印象が強いですし」 「ピンクの椿の花言葉は何だ?」 「「控えめな美」とか「控えめな愛」とかですね。椿は控えめとか謙虚を意味する言葉が多いです」 「そうなのか。君にぴったりだな」 「…はい?」 急に何を言っているのかと彼を見ると、なぜか僕を見て微笑んでいた。 「君は、何というか…素朴で可愛らしいじゃないか」 …男相手に何を言ってるんだろうこの人は。 多分悪気はないんだろうけど… 「…そういうのは、女の子に言ってあげたほうがいいんじゃないですか」 僕はいわゆる女顔らしく、身長も低いから女の子に間違えられることは珍しくなかった。 それが嫌で、ちょっとでも男っぽく見られようと髪を短くしているのに、可愛らしいなんて言われても嬉しくない。 僕の言葉に、彼は慌てたように声を上げた。 「す、すまない!バカにしたわけじゃないんだ!」 「…別にいいですけど…あ、じゃあお詫びに何か買っていってください」 「え…」 「何か?」 「い、いや、なんでも…。 …見た目に反して商魂逞しいんだな…」 ボソッと呟かれた言葉は何を言ってるかよく聞こえなかった。 「旅人さん、どれぐらいこの町にいる予定ですか?」 「ん?、そうだな…まだ特に決めていないが、二週間ぐらいだろうか」 「じゃあお花は宿屋の部屋にでも生けておくといいですよ。花瓶も渡しますから」 「あ、ぁあ、わかった」 そうして、僕は彼が気に入ったらしいアガパンサスとピンク色の椿を渡した。
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