ある町の花屋

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それから一週間と少しして、彼が町を出て行く日がやって来た。 その日の朝、彼は店に来てくれた。 「おはよう」 「…おはようございます」 彼はいつものように元気な声で挨拶をしてきてくれたけど、僕はいつも通りにはいかなかった。 僕の元気がないことに気付いた彼が、心配そうな顔で見てくる。 「なんだか元気がないな。大丈夫か?」 「平気です。ちょっと眠いだけで」 あなたが行ってしまうのが嫌なんです、とは言えない。 自分でもびっくりするほど、僕は彼が出て行くことを寂しいと思っている。 「…短い間だったけど、とても楽しかったよ。ありがとう」 「いえ、こちらこそ」 「君と出会えて良かった」 そう言って、彼が手を差し出してきた。 その大きな手をそっと握ると、強く、それでいて優しく握り返してくれた。 とても暖かい、優しい手。ずっと触れていたくなってしまう。 そんな気持ちを悟られたくなくて、いつまでも握っていたいのを我慢してすぐに手を離した。 そして、彼に渡そうと思っていた物を取り出す。 「これ、どうぞ」 「!、これは…クローバー?」 渡したのは、四つ葉のクローバーの押し花。 数日前、偶然裏庭に咲いているのを見つけて、彼に渡そうと押し花にしておいた。 「幸運を祈ります」 「…ありがとう。大切にする」 彼は微笑みながら、本当に大事そうに受け取ってくれた。 大きな手に小さなそれは不釣り合いだし邪魔になるんじゃないかと少し不安だったけど、嬉しそうにしてくれていることに思わずほっと息を吐いた。 「…じゃあ、もう行くよ」 「…はい」 最後に僕に笑いかけて、彼は背を向けて歩き出した。 また来てください そう言いたいのに、言葉が出て来ない。 今喋ると、泣いてしまいそうな気がした。 歩いて行く彼の背中を無言で見つめていると、ふとその足がピタリと止まる。 「…?」 不思議に思ったのも束の間、彼が振り返って再びこっちを向いた。 「また来るよ!約束する! だから…待っててくれ!」 「!……」 太陽のような、眩しい笑顔で再会の約束をしてくれた彼に、僕は涙を堪えて笑みを返しながら何度も頷いた。 また背を向けて走って行く彼の背中が完全に見えなくなるまで、僕は店先に立ち続けていた。
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