ある町の花屋

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それから1年後、予想外なことが起こった。 以前からうちに通ってくれていた近所の男の子が、この花屋で働きたいと言い出した。 彼に店のことや花のことを教えながら過ごし、1年ほど月日が経つともう一人前と言っても良いぐらいになり、僕はほとんど何もしなくても良くなった。 とは言っても本当に何もしないでいるのはダメなので、彼と僕で交代で店番をすることにした。 更に1年経って2人で店をやっていくのにも慣れ、僕の頭にはあの旅人…レンさんのことが頻繁に浮かぶようになった。 彼と会ってからもう3年。あれからまだ一度も来てくれていない。 分かっている。彼は旅人なのだから、約束してくれたと言ってもまたここに戻って来るには3年じゃ短いだろう。 2人で店をやるようになってから「もしあの人が来てくれたら、今だったら店を任せて一緒にこの町を出てもいいんじゃないか」なんて考えが過ぎってしまう。 酷く身勝手だ。母が残してくれたこの店を他人に任せて出て行こうなんて。そんな考えが出てしまう自分に嫌気が差す。 そんなことを考えているから、神様がもう彼とは会うなと言っているのか、それから7年経ってもあの人はこの町に来てくれなかった。 計10年。さすがに長すぎる。これはもう、彼はここには一生来ないということだろう。 何かあったのか、それとも忘れてしまったのか。 それとも…あれを本気にしていたのは僕だけで、最初からまた来るつもりなどなかったのだろうか。 あまりにも長い年月が経って、僕はもう半ば彼との再会を諦めていた。 彼にまた会えたら渡そうと思って新しく育て始めていた花も、もう何度咲いて枯れて種に戻ってを繰り返したかわからない。 彼が好きだと言っていたタンポポと同じ黄色い花を咲かせるそれを見て、今年もこれを渡せることはないのかなと考える。 あの人のことはもう、諦めたほうがいいのだろうか。 元々彼と僕は住む世界が違う。一緒にいたいなんて、始めから思うべきじゃなかった。 彼のことはもう忘れよう。一生ここで暮らして、ここで死んでいくのが僕の運命なんだ。
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