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「店長!お誕生日おめでとうございまーす!」
アルバイトの結子ちゃんが、三軒隣のケーキ屋さんでわざわざ買ってきてくれた苺ショートのホールケーキをカウンター席に置いてくれる。
「ありがとう……」
プレートには「HAPPY BIRTHDAY 店長」の文字、三本立てられたロウソク。
パート主婦の智恵さんと、バイトリーダーの総史郎くんがクラッカーを手にしてくれているので、ますます感激し涙腺が緩む。
カフェ【LUMIERE】の雇われ店長として勤めてもう五年。
こうして温かなスタッフの人達に囲まれているから、頼りない店長ながらもなんとか続けられてきた。
ロウソクをそっと息で吹き消すと、また盛大な拍手が。
「皆、ありがとう。閉店後なのに遅くまで付き合ってくれて」
「いいんですよぉ!今日は店長の記念すべき30代の幕開けなんですから!」
無邪気に笑う大学生の結子ちゃん。
このお店のムードメーカーで、天真爛漫な笑顔が魅力の看板娘だ。
「記念なんてもんじゃないけどね。三十路なんて……」
「……しかも誕生日明日でしょう」
「総史郎くん、憶えててくれたの?」
「……2月22日、ニャンニャンニャンの日なんで」
24歳のフリーターで小説家志望、うちの頼もしいリーダー総史郎くんは、普段は寡黙だけどたまに面白いことを言う。
「店長、30歳の目標ってあるの?」
そして、私の最大の理解者であり人生の大先輩、主婦の智恵さん。
お子さんはもう成人したから、こうしてラストまで出勤してくれる日もあり有り難い。
「えーと……まったり生きる!」
私の答えに、総史郎くんは口元を手で押さえふっと笑った。
「店長っぽーい!」
結子ちゃんは、何故か感動したように目を輝かせる。
「そうね。平和なのが一番!……だけどそろそろ、店長もいいお相手探さないとじゃない?」
智恵さんのたまに出る鋭利なアドバイス。
それでも私は狼狽えない。
「いいんですー。独り身の方が気が楽で」
「……そうですよ。いいんです。店長は、仙人なんで」
「総史郎くん、今日は饒舌だね」
総史郎くんはトレードマークの眼鏡をかけ直して咳払いする。
こうやって、皆と和気藹々と働けるし、寂しくない。
このままずっと、毎日コツコツ働いて、ささやかに、まったり生きていければ。
そんなふうに思っていた、20代最後の夜だけど。
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