20代最後の夜

2/2
前へ
/77ページ
次へ
「店長!お誕生日おめでとうございまーす!」  アルバイトの結子(ゆうこ)ちゃんが、三軒隣のケーキ屋さんでわざわざ買ってきてくれた苺ショートのホールケーキをカウンター席に置いてくれる。 「ありがとう……」  プレートには「HAPPY BIRTHDAY 店長」の文字、三本立てられたロウソク。  パート主婦の智恵(ちえ)さんと、バイトリーダーの総史郎(そうしろう)くんがクラッカーを手にしてくれているので、ますます感激し涙腺が緩む。  カフェ【LUMIERE(ルミエール)】の雇われ店長として勤めてもう五年。  こうして温かなスタッフの人達に囲まれているから、頼りない店長ながらもなんとか続けられてきた。  ロウソクをそっと息で吹き消すと、また盛大な拍手が。 「皆、ありがとう。閉店後なのに遅くまで付き合ってくれて」 「いいんですよぉ!今日は店長の記念すべき30代の幕開けなんですから!」  無邪気に笑う大学生の結子ちゃん。  このお店のムードメーカーで、天真爛漫な笑顔が魅力の看板娘だ。 「記念なんてもんじゃないけどね。三十路なんて……」 「……しかも誕生日明日でしょう」 「総史郎くん、憶えててくれたの?」 「……2月22日、ニャンニャンニャンの日なんで」  24歳のフリーターで小説家志望、うちの頼もしいリーダー総史郎くんは、普段は寡黙だけどたまに面白いことを言う。 「店長、30歳の目標ってあるの?」  そして、私の最大の理解者であり人生の大先輩、主婦の智恵さん。  お子さんはもう成人したから、こうしてラストまで出勤してくれる日もあり有り難い。 「えーと……まったり生きる!」  私の答えに、総史郎くんは口元を手で押さえふっと笑った。 「店長っぽーい!」  結子ちゃんは、何故か感動したように目を輝かせる。 「そうね。平和なのが一番!……だけどそろそろ、店長もいいお相手探さないとじゃない?」  智恵さんのたまに出る鋭利なアドバイス。  それでも私は狼狽えない。 「いいんですー。独り身の方が気が楽で」 「……そうですよ。いいんです。店長は、仙人なんで」 「総史郎くん、今日は饒舌だね」  総史郎くんはトレードマークの眼鏡をかけ直して咳払いする。  こうやって、皆と和気藹々と働けるし、寂しくない。  このままずっと、毎日コツコツ働いて、ささやかに、まったり生きていければ。  そんなふうに思っていた、20代最後の夜だけど。
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2173人が本棚に入れています
本棚に追加