あなたの隣で

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「……急に連れ出しちゃってごめん」  誰もいないしんとしたパーキングエリア。  瑞穂さんが自販機でホットコーヒーを買ってくれて、私達は窓辺に面したカウンター席に並んで座った。 「ううん。……すっごく楽しかった。ワクワクして、非日常を味わえたっていうか」  何より、瑞穂さんの趣味を共有できたことが嬉しい。 「ありがとう。なんだか、気分転換できた」  瑞穂さんが、その為に私を連れ出してくれたこともわかっていた。 「……良かった」  そう微笑んで缶コーヒーを飲む瑞穂さん。 「カフェ閉まってて残念だけど」  振り返り、クローズしたカフェやレストランを眺め苦笑する私達。 「ここにはよく来るの?」 「うん。たまに。仕事疲れたり気分転換したい時、首都高走って」 「そうなんだ」  私もコーヒーを一口飲む。  温かくて甘苦い味が口の中に広がって、小さくため息をついた。 「バイクに乗ると、黙って自分を見つめられるっていうか。こうしてここでコーヒー飲むのも、ぼんやり考え事するのに丁度良くて」 「確かに」  夜風と良い意味で淡々とした夜の光が、混乱した気持ちを静めて冷静にさせてくれる。 「……ほまれさん。俺さ、」  瑞穂さんは缶コーヒーをテーブルに置いて、私をじっと見つめた。 「いくら一緒に住んでも、ほまれさんのことを全て知ることはできないかもしれない。ほまれさんの全部に踏み込めないかもしれない」  その眼差しは真剣で、真っ直ぐで誠実な瑞穂さんの気持ちが伝わった。   「だけどほまれさんがつらい時、ずっと隣にいるよ。逃げ出したい時は、どこまでも遠くへ連れて行ける」 「瑞穂さん……」  嬉しかった。  彼の言葉はいつだって私の胸を打ち、震わせて満たす。 「一人じゃないから」  結婚する意味を、やっと本当に理解できた気がする。 「ありがとう……」  止めどなく流れる涙を、今度こそ我慢できなかった。  不思議だ。  この人の前だけでは、こんなにも容易く泣けるんだ。  ものすごく自然に、なんの心配もなく、気を張らず。   安心して顔を歪め、情けなく涙を流すことができる。 「私……情けないなって。もういい歳で、店長なのに。いつも誰かに頼って。頼りなくて、鈍感で、無神経で。こんな自分、すごく嫌になる」  内にたまっていたモヤモヤを吐き出すように、まとまりのない愚痴をこぼす私を、瑞穂さんは優しい微笑みで聞いてくれる。  髪を優しく撫でて、指で涙を拭って。  そうして私の格好悪いひとつひとつを、大切に受け止めてくれる。 「俺はほまれさんのそういうとこ、一番好きだよ」  まるで幸福とでも言うように、私の弱さを味わってくれる。 「ほまれさんのまわりには、いつも優しい空気が流れてる。ほまれさんと居ると、癒やされて心が和むんだ」 「本当に?」 「本当。だから俺は……」  瑞穂さんは言いかけて、ハッとしたように黙った。 「……だから俺は?」 「……なんでもない」  誤魔化して笑って、話を逸らすように続けた。 「きっとお店の人もお客さんも、同じように思ってると思う。もっと自信を持って」 「……ありがとう……」  その言葉、そっくりそのまま瑞穂さんに返したかった。  瑞穂さんと居ると、心が癒やされて元気が漲ってくる。  ただ隣に居てくれるだけで、驚くほど心強い。  優しい気持ちになれて、目に映るもの全てが特別に輝く。 「私と結婚してください」  私から改めてプロポーズをした。  瑞穂さんと結婚したい。  何度だって心からそう思う。 「喜んで」  私達は微笑んで手を繋ぎ、他愛もない話をしながら窓に映る夜空を眺めていた。  これからまた、彼の頼もしい背中にしがみつき、夜風に包まれながら家に帰る。  二人の我が家に。  そのことが、涙が出るほど嬉しいと思った。  
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