あなたの隣で

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 翌週の木曜日。  お店のコーヒー豆と焼き菓子を持参し、ついに瑞穂さんの実家へお邪魔する時が。 「そんなに緊張しないで大丈夫だよ」 「うん……」  緊張で顔が強張る私をクスッと笑う瑞穂さん。  今だけは少しだけ彼を恨めしく思った。  ……実家、こんなに立派なお家なんて聞いてない。  家というかお屋敷だ。  門から玄関まで距離がある家に訪問するのは初めてだ。 「瑞穂さん、お坊ちゃんだったんだ」 「大袈裟だよ。この家は祖父のものを引き継いだだけだし、我が家は至って普通の家庭だから」  高校の教頭先生であるお父さんと、医院で院長秘書を務めているお母さん。  どちらも立派な職種で、とても人格者なのであろうことがうかがえる。  私みたいな平凡でぼんやりした人間、受け入れてもらえるんだろうか。  怖じ気づきそうになりながら彼の後を追い玄関へ入ると、すぐに凜とした美しい声が響いた。 「いらっしゃい!」  白のシフォンブラウスがよく似合う、清楚な出で立ちの女性。  ぴしっと後れ毛ひとつなくアップにした髪が印象的な、見惚れてしまうくらい上品で綺麗な人だ。 「初めまして。瑞穂の母です」  笑顔も優しくて美しい。  この人が、瑞穂さんのお母さん……。 「は、初めまして!永田ほまれです」  お母さんの背後から遅れて現れる男性。  これまた上品な薄いブルーのコットンシャツを着ている紳士。 「……こんにちは」 「こんにちは!お邪魔します」 「……どうぞ」  口数少なくて寡黙そうだけど、穏やかな雰囲気のお父さんだ。  瑞穂さんはお父さん似なのかな。 「さあ入って。お茶でも飲みましょ」 「ありがとうございます。これ、つまらないものですがうちのお店のコーヒーで……」 「まあ!ほまれちゃんのお店の?嬉しい!早速淹れましょう」  お母さんの好意的な雰囲気にホッとする。   二人とも、とても優しそうな人達だ。 「こちらへどうぞ。ゆっくりしてね」 「はい……ありがとうござ……」  リビングに足を踏み入れた瞬間、あまりの整然さにギョッとした。  まるでドラマに出てくるような広々としたリビング。  家具はどれもセンスがある重厚な造りのものばかりで、所帯染みたうちの実家とはかけ離れていた。 「座って?」 「は、はい……」  どうしよう。  まったりできない。  あまりにも豪華で、どこもかしこも整えられていて。 「……大丈夫?」  心配そうに囁く瑞穂さんの声に我に返り、引きつった笑みを浮かべた。 「失礼します」  促されるまま革張りのソファーに腰を下ろす。  ものすごくふんわりとお尻を包み込む柔らかなソファーに、思わず「おおお……」と声を上げてしまった。 「あら、ほまれちゃんのコーヒー、良い匂い」  ちらりと見えたシステムキッチンは驚くほど広くスッキリとしていて、そのスタイリッシュさに目を見張った。  冷や汗が止まらない。  緊張でガクガクして、頭が真っ白で、とても談笑できる余裕がない。    
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