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六月。
同居を始めて三ヶ月目。
私達は伊織の心配を打ち消すようにしてその後も結婚に向けて準備を進め、仲を深めていった。
うちの家族への挨拶も無事に済んだし、結婚指輪もオーダー済み。
挙式や新婚旅行についても、お義母さん主導のもと話し合いが進んでいる。
「結婚後も仕事は続けたい」
「わかった。でも基本的な生活費は俺の収入でまかなおう。家事は引き続き分担できるよう努める」
「私は貯蓄と保険担当ね!……子供のことは?」
「すぐにとは言わないけど、できれば俺は授かりたい」
「私も!」
結婚する上で大切な事項のすり合わせも本格的にするようになった。
……あとは二人で決めた入籍日、今月の末日大安を待つのみ!
「楽しみだね」
「楽しみだね」
そんなふうに声が揃うことも増えて、初めの頃より心がぐっと縮まったように思う。
向かい合って目を細める私達は、まったりした空気に溢れていて。
瑞穂さんのベッドに並んだ枕やお揃いのマグカップ、家の鍵のキーホルダーを眺めては胸を弾ませているのだった。
____「お店の取材ですか?」
週明け早朝のカフェ店内。
目を丸くさせる結子ちゃん達に、満面の笑みで頷く。
「そう。本社から話があって。“月刊グルメ”のカフェ特集にのりまーす!」
「すごーい!LUMIERE有名店になるんだ」
「あらやだ。いつ!?美容院いかないと」
興奮気味の結子ちゃんと智恵さんとは反して、総史郎くんは淡々と答える。
「来週ですって。俺、休もうかな」
「ダメだよ!総史郎くん載らなきゃお客さん来ない」
「今月で辞めるんですけど」
「……客引き詐欺だね」
総史郎くんは今月いっぱいでお店を辞める。
だからこそ最後の思い出作りという気持ちも内心少しだけあった。
本社から依頼されたお店の取材。
グルメ雑誌の、「街の愛されカフェ」という企画の記念すべき一回目に、何故かLUMIEREが選ばれた。
特に気にすることもなく浮かれていた私だったが、思わぬ来客にその理由を知ることになるのだった。
「いらっしゃいませ」
「一名です」
「お好きなお席へどう……」
今朝一番のお客さん。
見覚えのある同世代の男性の姿に言葉を失った。
「久しぶり、ほまれ」
笑った口から見えた八重歯に心臓が止まりそうになる。
……やられた。
私は意に反して、瑞穂さんとの約束を破ってしまった。
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