能動的結婚か運命の恋か

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「ほーまれ!ブレンド一つ」  あれから敦は、毎日お店にやって来てはコーヒーを注文する。 「……取材は明後日でしょ」 「下調べだよ。それにお店の人と仲良くならないと、良い写真は撮れない」  屈託なく笑う敦。  仕事の為と言われると、追い返すこともできない。 「敦さんの写真、どれも素敵ですねー」  結子ちゃんの感嘆の声に、思わず写真集に視線を落とす。  彼のプロとしての作品をきちんと見るのは初めてのことだった。  昔から写真を撮るのが好きで、よく私も被写体になっていたけれど、その頃より遥かに躍動感に溢れ迫力がある。  様々な国の風景と、そこで生きる人達の何気ない日常。  どれも目を奪われるほど美しく優しい。 「綺麗……」  そんなふうに呟く自分にハッとして口をつぐむ。 「……ありがと。どれもほまれに見せたいと思いながら撮った写真だよ」 「……私に?」  敦は伏し目がちに微笑む。 「ああ。シャッターを押す度に、お前のこと思い出してた。ここにほまれがいたらって」 「………………」  少しはにかんだ表情を見せる敦に、何も言葉が出ない。  私のこと、ずっと思っていてくれたの?  だけどそんなの狡いし、遅すぎるよ。 「……でも店長、もうすぐ結婚するんですもんね」  助け船のように総史郎くんが口を開いた。  その言葉に、敦は苦笑する。 「ああ。そうだったな。……でも“まだ籍入れてないんだろ?”」  ムッとして彼を見つめる。  まだ籍を入れていないという言葉が、まるで私と瑞穂さんの関係を軽薄なものとみなしているようで不快だった。  まるで、脆い繋がりと言わんばかりに。  シャッター音に身が竦む。  カメラを構えた敦がレンズ越しに私を見つめる。  あまりにも昔と変わらない空気感に、胸が否応なしに締めつけられるのが悔しい。  早く帰りたい。  瑞穂さんとの家へ。  早く瑞穂さんに会いたい。 「ごちそうさん。コーヒーうまかった。……また明日」  悪戯に微笑む敦を恨めしく思いながらも、心をかき乱されている自分に苛立った。  
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