能動的結婚か運命の恋か

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 取材当日。滞りなく撮影は進んで、敦ともビジネスライクなやり取りができている。  このまま今日さえ乗り越えればと安堵して、リラックスして取材にも応じることができた。 「このお店の一番の魅力は?」 「やっぱり、まったりした雰囲気ですかね?」  敦の質問に結子ちゃんが溌剌と答える。 「働く私達にとっても、居心地いいお店よ」  智恵さんがそう言って私に微笑んだ。  二人の言葉にじんとして、改めて店内を見渡す。  温もりに溢れた木目調のテーブル、癒やされるオリーブ色のソファー。  結子ちゃんや智恵さんが提案してくれた装飾や観葉植物も増え、手作りのポップも、メニューの黒板も味があって可愛らしい。  香ばしいコーヒーの匂いと、総史郎くんがセレクトしてくれたヒーリングミュージック。  何より、皆の笑顔が一番の自慢だ。 「店長の人柄が出てますね」  総史郎くんの言葉に胸が熱くなる。 「僕達のこと、ただの従業員ではなく仲間として受け入れてくれたので。皆それぞれ得意なことが活かされて、楽しく働けます」 「総史郎くん……」  敦はにんまりとして私にシャッターを切った。 「良いカフェだな。ほまれ」 「……ありがとう」  取材に来てくれたのは良かったのかもしれない。  今日のことがなかったら、こうして改めてこのお店と自分の仕事を見つめ愛でる機会がなかったかも。  本当にいつも支えられていたな。  結子ちゃんと智恵さんと、誰より総史郎くんに。  彼が辞めてしまう前に、皆で写真を撮ってもらえて良かった。  これからも、このお店を守っていく。  結婚しても店長として、誠実に業務に励んでいこう。 ____「んじゃ、記事ができたら送るわ」 「うん。ありがとう」  この人と会うのも今日で最後だ。  フォトグラファーとしていきいきと活動しているところも見られたし、もう思い残すことはない。 「……敦、元気でね」 「ああ。……ほまれも」  手を振って、背を向ける敦に微笑む。  後ろめたさから解放された瞬間だった。  これで晴れやかな気持ちで瑞穂さんと結婚できる。  そう思っていたのに。  再び振り向いた敦は、私に近づき勢いよく抱き寄せた。  驚いて声が出ない。 「ちょっと!……敦、やめて」  鳴り響くドアのベル。  今日は定休日なのに、来店したお客様。  その人は、……目を見開き呆然と立ち尽くす瑞穂さんだった。
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