テラリオ

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テラリオ

 その頃、ユピはテラリオと共にいた。  二階層から三階層に入る直前、テラリオは後ろからユピの口をふさぎ、わき道に引き込むと、そのままユピを四階層まで連れていった。    通路の途中には四つの空洞があった。空洞にはそれぞれ一人ずつ小柄な男たちがいて、全員テラリオとは顔見知りのようだった。  こん棒を持った小男たちは鋭い目でユピを見たが、テラリオに何か言われると、そのまま黙って二人を通した。  四階層のランプに照らされた薄暗い室の中には水瓶が並び、岩壁の一面を削って作った棚には塩を塗りこんで燻した干し肉やでんぷんをドーナツ状にして固めたものが積み上げられていた。この室でテラリオはユピに水を飲ませた。  そして突然、ユピの手足を縛ると、入ってきた孔とは別の孔から外に出て行った。  しばらくして戻ってきたテラリオは、ユピの隣に腰をおろし、壁にもたれて鼻歌を歌いはじめた。  時々、鼻歌をやめて外の気配をうかがうテラリオは、何かを待っているようだった。  地下の世界は外の世界とはまるでちがう。  寒くもなく暑くもなく、常に一定の温度が保たれていて、風もなく、空気の変化もなく、朝や夜を肌で感じることもない。  どれぐらいの時間が経ったのか……。  ユピの中で不安は募るばかりだった。 「食うか?」  テラリオは突然立ち上がり、干し肉をナイフで裂いてユピの口元に運んだ。後ろ手に縛りつけられた状態で座り込んでいたユピは、不快そうに顔をしかめた。 「そうにらむなって」  テラリオは裂いた肉を自分の口の中に放り込んだ。 「どうした? 言葉が通じないってわけじゃないよな」 「……なぜその言葉が話せるんだ?」  テラリオが話しているのは神帝国の言語だった。  多少セーカの訛りはあるが、ヒラクよりも流暢に話せることに、ユピは警戒心を強めた。  ユピが言葉を返してきたことに気をよくしてテラリオは満足げに笑った。 「俺は神帝国の領土で働いているんだ。家畜を放牧し、作物を育てている。そしてわけまえをいただいているってわけさ」 「……ここの人たちはみんなそうやって生きているのか?」 「みんながみんなというわけではない。働いているのは主に『狼神の旧信徒』と呼ばれている連中だ。プレーナ教徒の間では労働は罪深いこととして禁じられている。俺は罪深いプレーナ教徒ってわけだ」 「プレーナ……」 「神帝国にいれば聞いたこともある名前だろう」  テラリオは口を歪めてにやりと笑った。 「プレーナ教徒はプレーナを唯一の神として崇めている。自らを神とする神帝をよく思ってはいない。おまえたちだって同じだろう? 神帝だけが唯一無二の神だ。他に神なんていらない。神帝がプレーナを廃し、この地を支配しようとしているというのは疑う余地もないことだ」  ユピは何も答えず目を伏せた。 「ふん、まあ、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだ」  そう言って、テラリオはまた鼻歌を歌いはじめた。 「僕を……神帝国に引き渡すつもりか?」  ユピは声を震わせて尋ねた。  テラリオは意外そうな顔でユピを見る。 「おまえは神帝国の人間だろう?」 「僕は……」  ユピは表情を曇らせ、言葉を飲み込んだ。 「ふうん、何だか訳ありって感じだな」  テラリオはにやりと笑った。 「大体その格好……」  テラリオは、樹皮で作られた丈の長い外衣に身を包むユピの姿をおもしろそうに眺めて言う。見たこともない独特の文様が衣服に刺繍されている。 「神帝国の服じゃないよな。大体なんであの『ヴェルダの御使(みつか)い』までそんな格好なんだ? 一緒にいるのもそもそもおかしな話だ。……まあ、『ヴェルダの御使い』が本物だとしたらだけどな」 「……ヒラクは……いや、ヴェルダの御使いは……今どこに……?」  ユピは探るように慎重にテラリオに尋ねた。  まだヒラクの正体がばれていないのであれば、ヒラクに危害が及ぶことはない。迂闊なことを話せばヒラクが疑われてしまう。 「自分の心配より他人の心配ね」  そう言ってテラリオは小馬鹿にするように笑うが、すぐにその口元からは笑みが消えた。 「残念だな、おまえもいっしょか……」  テラリオは急に興味が失せたようにユピから目をそらした。 「誰かに特別な感情を抱くのは厄介なものだ。冷静な判断を狂わされ、人は愚かになる。自分以外の他人はただの道具と思っていた方が楽だぜ」  テラリオはそう言うと、それきり何も話さない。  少しすると、テラリオの腰の高さほどもない背丈のやせ細った男が姿を現した。男は盲人で、焦点の合わない濁った目をテラリオの方に向けながら、消え入りそうな声で言う。 「ミカイロ様がお会いになるそうだ」  テラリオはゆっくりと立ち上がってユピを見下ろした。 「さあ、一緒に来てもらおうか」
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