眠れぬ夜は……

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 そもそもユウジの声質は耳に優しくて眠気を誘う。よほどネタにインパクトがあるか面白くないと寝てしまうからと思いついた方法だったし、ユウジも私の提案にすぐに乗ってきたから、軽い気持ちで頼んでいた。  何度か寝落ちしたあと一度だけ。なんとなくツボにハマって笑ってしまいユウジに焼肉を奢った時があった。夜中に叩き起こして、漫才をやってもらっているという負目も少なからずあったから。  ユウジはうめぇうめぇと呟いてもりもり肉を平らげながら、俺のネタも悪くないだろ? そう何度も嬉しそうに言った。めちゃくちゃ貧乏なくせに学生時代よりも生き生きと漫才のことを語るユウジは、ガムシャラに今を生きているって感じに包まれて眩しいくらいだった。  世間でいうところのちゃんとした会社で、あくせく働いている私はこんなふうにちゃんと輝いている?   それ以来、コレを頼む時は仕事上でどうしても寝なくてはならない時だけと決めた。ユウジは細かいことは気にしていないようにみえるけれど、これは私のケジメだ。  彼の漫才に笑ってしまい眠れないのであれば心の底から納得するし、眠くなったら遠慮なく寝させてもらう。寝落ち後は翌朝にお礼のメッセージと一緒に忖度なしの漫才レビューをユウジに送信する。寝落ちするまでの感想だけど、客が寝てしまうポイントだってわかれば多少でも役にたつかもしれないから。  私は全身の力が緩むのを感じながら目を軽く閉じる。そうして早口なのに柔らかなユウジの声に耳を傾ける。あのはいつのまにか鼓膜の奥から消え去っている。 『眠れぬ夜は……』了
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