一 めのう屋の離れ座敷にて

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一 めのう屋の離れ座敷にて

 表通りから芝増上寺の門前町にある数珠屋「めのう屋」を見れば、間口二間と慎ましい。それでも数珠のみならず白木製や黒漆塗りの位牌や袈裟、仏具全てを扱うため、客足が絶えることはない。名のある僧侶が訪れもするし、宗派ごとに数珠を仕立てる約束事があるために、腕のいい職人たちが主人の彦次郎に相談を持ち掛けることもあった。  そういう「めのう屋」の客たちの何人かは店舗と住居を兼ねたその敷地に、八坪ばかりの瀟洒な庭とその庭をつっきったところに水屋と八畳の広さを持つ離れ座敷が建っていることは知っている。けれども、今は亡き先代主人が「卍の弥左衛門」という二つ名を持つ大盗賊であったこと、彦次郎がまた盗っ人と依頼人を取り次ぐ「窓口」であることなどは、誰も知らない。  彦次郎からの連絡を受けて、「めのう屋」離れ座敷でお潤がその初老の男と会ったのは、寛永十五年の夏である。 「北国街道の小諸宿で百姓をしている牛島屋重右衛門ずら」  百姓と一口に言ったが、牛島屋という屋号を持ち苗字帯刀を許された豪農である。
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