第2話 – 一緒に

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「私、君の絵好きだよ」  ある日の放課後、彼女は僕の絵を見てふと呟いた。僕は「油断した」と顔が真っ赤になるのを感じながらその絵を必死に隠そうとする。小さい頃から漫画が好きで色々なキャラクターを描いて友だちと見せ合って遊んでいたのだが、いつしかその絵の対象は何気ない風景や人物へと変わっていった。この変化が何だか芸術家気取りのようで恥ずかしく、彼女を含めて誰にも言い出すことができなかったのだ。 「続けてよ。一緒に」  その時の僕には「一緒に」という言葉の意味を理解することができなかったけど、彼女の短い一言が僕に勇気を与え、奮い立たせた。  僕と彼女はそれほど口数の多い方ではなかったと思う。それでも毎日一緒に登下校し、休みの日は一緒に遊びに行ったり図書館やお互いの家で勉強したりした。卒業を迎え、僕たちは地元にある国立大学に入学し、一緒に色んな経験をした。お互いに所属していたサークルでの活動時間以外はほとんど同じ時間を過ごし、何か珍しいことが起きるわけでもない普通の日常をただただ過ごした。 「別れよう、私たち」  予想だにしなかった言葉を大学卒業間近に告げられる。その頃には付き合う前に心の中を支配していた雲なんて忘れ去っていた。 ––––恋は盲目  「ヴェニスの商人」での言葉通り、僕はいつしか恋によって自分の気持ちを見失ってしまっていたのだろうか? 期待なんてしちゃいけない、どうせ別れるんだからと僕の心を曇らせていた灰色の絵の具をいつの間にかパレットの端っこに押しのけ、鮮やかな色で見えないようにしてしまっていたのだろうか。  有彩色の三属性に当てられた僕は突如目の前に押し寄せてきた色相と彩度のない無彩色の前にただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。 「続けてよ、一緒に」  寂しそうな笑顔を浮かべながら矛盾した言葉を置いて彼女はその場を去る。 「続けてたんだよ、一緒に」  後頭部から温かい液体が流れ出し、薄気味悪い感触が全身を包み込む。蒼のキャンバスには知らず知らずのうちに赤黒い絵の具が垂らされ、水分を多く含みすぎたのか次々と下に溢れていく。雫を追うようにして僅かに動かした首の先にはキャンバスバッグから飛び出し、ガタガタになったF50号。  周囲の雑音が小さくなり、季節外れの寒さを感じながらもそのキャンバスの端から少しだけ見えている女性の黒髪を掴もうと僕はもがく。  また見てよ。遠くへ行ってしまった君を追って僕は続けてたんだよ。  そして今度は君の絵じゃなくて、君が好きだよって言ってよ。 「へへ」  瞼が重く閉じきるその直前、僕は微かに笑う。 ––––あんじゃん、雲一つない晴天
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