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なんとしても、玉昌を無事に遊郭へ戻してやりたい。
そのためには、舌の変色の問題を解決しなくてはならないだろう。
「さっき、薬が抜けるって話をしたよね? どのくらいで抜けるもの?」
「一粒だけだな?」
「うん。一粒」
皿の上に残っていた仙桃菓の数は覚えている。
間違いなく、一つだ。
「それなら、六刻もあればなんとかなるはずだ。オレは薬はやらないが、周りの連中が話してるのを聞いたことがある。今なら――そうだな。深夜三刻くらいには抜けるだろう。それまで、北の倉庫でおとなしくしてろ」
「あぁ……よかった! じゃあ、異界門が開いている明け五刻までには、ここを出られるんだ!」
希星は胸を両手で押さえて、大いなる安堵を噛みしめた。
命の助かる道が、見えているだけでありがたい。
「それまでに、役人に見つからなければな」
「……うん」
一瞬、舞い上がった心は、すぐに地面に引き戻される。
これから六刻。
決して、短い時間ではない。
「こっちも、なにがなんだかわかってないんだ。ああいう……媚薬入りの菓子ってのも、築島じゃ珍しくはない。だが、華人に――白花の茶師に飲ませるなんてこと、今までなかった」
馬車は、並足の速度で煉瓦敷きの道を進んでいく。
あちこちで、人の声が聞こえてくる。
賑やかだ。
あの賑やかさの陰で、媚薬は簡単に使われているのかもしれない。
遊郭の、そして築島の闇を垣間見、改めてぞわりと背が冷える。
「……あの仙桃菓、蜃海が作ったの?」
「いや、オレじゃない。商館長邸にはない型だ」
「ノーゼ書記長からの、贈り物だって……言ってた。……あ!!」
突然、希星が立ち上がったので、蜃海は慌てて腕を引く。
「おい! 座れ! 危ないだろ!」
「月英が……危ない!」
腰をすとんと落とし、希星はここではない場所を見つめていた。
「月英? 誰だ、そりゃ」
「私の……命より大切な人!」
そう答えると、希星は蜃海の腕を、ガシッとつかんだ。
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