迫る毒牙

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 馬車は、北を目指してひたすらに進む。 「で、その大切な人がなんだって言うんだよ」  蜃海は、ひどく渋い顔で聞いてきた。 「助けたい」  希星の答えは、単純だ。 「おいおい、待ってくれ。なんの話だ?」 「今、ノーゼ書記長の後宴に呼ばれてるの。あの仙桃菓を、食べさせられてるかもしれない! 助けにいかなくちゃ!」  はぁ、と蜃海は大きなため息をついた。 「無茶言うな! オレも、危ない橋を渡ってるんだ!」 「ありがとう。この恩は一生忘れない。……玉昌さんをお願い!」 「おいおいおいおい!」  希星が、サッと走る馬車から飛び降りかけたのを、蜃海が片腕で止める。 「助けにいかなきゃ!」 「落ち着け! 頼むから落ち着いてくれ! なんなんだよ、お前さん!」 「月英がいない世界では、生きられない!」 「わかった! わかったから……手を貸すから、座れ!」  希星が座ると、蜃海は「ついてねぇな……!」と呟くように言った。 「ノーゼ書記長のお邸はどこ?」 「ちょうどこの辺だ。そこの角を――いや、ちょっと待て」 「なに?」  蜃海は、馬車の速度をゆるめ、ついには止めた。 「……様子がおかしい」 「……?」  蜃海は、道の先を見つめている。  夜の闇の中、煉瓦敷きの道の中央部には篝火が置かれていた。  今走っている道は、中央の道と並行した道で、明るさはさほどない。  ただ、前方で馬車が止まっているのだけは、なんとか見えた。  周囲が、人に囲まれているのも。 「このまま突っ走ってたら、危ないとこだったぞ。お前さん……運がいいな」 「まさか……役人?」 「こんなところで、検問なんてはじめてだ。こりゃ、なにかあったな」  どくん、どくん、と大きく心臓が跳ねている。  ひどく胸騒ぎがした。 「蜃海――」 「わかってる。こりゃ、お前さんの運にかけた方がよさそうだ。裏の道を使うぞ」 「ありがとう」 「全員助かるか、共倒れか――二つに一つだ」  なにが起きているのだろうか。  一介の茶師の身では、理解し得ない事態が起きている。  ――生きて、築島を出られるのだろうか。  不安がよぎる。  しかし、同時になんとしても出てやろう、と強く思った。  月英も、玉昌も、必ず守ってみせる、と。  道を変えた馬車の上で、希星はキッと強く前を見据えたのだった。
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