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『ご、誤解だ――』
「人がそれを望まぬものを、菓子に混ぜ、食べさせようとは……見損ないましたぞ、ノーゼ書記長殿」
『違う――』
ノーゼ書記長の言葉が、丈山には届いているのか、いないのか。
通辞の姿はないが、丈山は簡単な裴語ならば介すので、書記長の言葉は通じているはずだ。
だが、届いてはいない。
取るに足らぬ言い訳だ、と丈山はすでに断じているのだろう。
(えぇと……つまり、師父が媚薬入り仙桃菓を食べさせないよう、月英たちを守ってくれた……っていうこと? で、ノーゼ書記長は食べた……と)
ノーゼ書記長の瞼は、半分下りている。
恐らく、急激な眠気に襲われているのだろう。
対する月英も、楽妓たちも、一見したところ無事な様子だ。
仙桃菓は、床に五つ転がっている。
つまり、媚薬入りの仙桃菓を食べたのは、ノーゼ書記長一人――ということだ。
「師父!」
希星は、丈山に駆け寄った。
「希星、お前、どうしてここに――?」
丈山は、突然現れた希星に、切れ長の目を大きく開けて驚いていた。
当然、弟子は築島商館の広間にいると思っていたはずだ。
驚くのも無理はない。
「あの……詳しい話は後ほど。とにかく、ありがとうございます!……媚薬を、月英が飲まされているのではないかと慌ててこちらに駆けつけたところでした。あぁ、よかった!」
役人に囲まれた邸で媚薬を飲まされていたら――などと、考えただけでも恐ろしい。
間一髪、丈山の鼻が、月英を救ったのだ。
希星は、ホッと胸を撫で下ろす。
だが、
「希星。これは――森羅だ」
という丈山の一言に、のけぞるほど驚いた。
「え……えぇッ!?」
「茶師は、府軍の薬物調査に協力する機会がある。私も、以前依頼を受けた。森羅のにおいは知っている」
茶匠の嗅覚で、薬品のにおいを間違うことは起こり得ない。
全身から、血の気が引いていく。
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