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4
数学の小テストが返ってきました。ちゃんちゃん。
そう簡単に締め括れる程、目の前で起こっている悲惨な出来事は生易しいものではなかった。
二桁を切った点数、担任――数学の教師だ――のもはやかける言葉を失ったため息、鈴木と吉川の引き攣った笑み。そのどれもが暗澹とした未来を啓示していた。
弱り切った園田は、帰宅すると母にまで「もしかしたら留年するかもしれない」と思わず弱音を吐いてしまう程だった。
その結果、「ふーん…、やっぱあんたはお父さんに似たんやな」と責任を転嫁された挙げ句、「学費がもったいないから、留年するくらいやったら働きや」と冷たく突き放されてしまった。
もう誰にも頼れない。俺は一人だ、と自分の孤独を思い知った園田はとにかく勉強するしかない、と当たり前の結論を出した。
放課後は鈴木、吉川とは行動を共にせず、教室に残り勉強することにした。自宅では勉強に集中できるわけもなく、勉強道具の一切を教室の机の中に放り込んであることを考えれば、一番効率のいい場所に思えた。
「お前らと一緒にいたらアホがうつんねん!」
園田は二人と決別するため、無理に強がってみせたけれど、
「いや、こっちのセリフ」
と、鈴木にさらりと一笑に付され、吉川には心底哀れんだ目で見られた。
そして「帰りにゲーセンでも寄るか」と甘美な放課後の予定を話し合いながら、二人は教室を出て行った。
「必勝!」と書いたハチマキを頭に巻きたいくらいだったが、そのためにはハチマキを買うところから始めなければならない。勉強をとにかく形から入ろうとするのがよくない、と園田は過去の失敗からとりあえず学んでいた。
どの教科から始めようかと、園田はあみだくじを作って、その結果数学から取り組むことにした。自分はいったいどの位置から遅れをとり、ついていけなくなったのかを知ろうと、テキストを現在の範囲から遡っていったけれど、いくらページを捲っても園田が「わかる!」と思える瞬間はやってこなかった。そして遂には表紙まで辿り着き、園田はやむなく数学を諦める事を断腸の思いで決断した。
続いて世界史はカタカナのだらけの人物と、想像のつかない異国の出来事に辟易とし、時代の流れが逆流して渦巻き、その渦の中に飲み込まれて溺れた結果、気が付けば頭の中には何も残らなかった。
現代文は「俺は日本人やし」と、文字さえ読めればなんとかなると早合点した。
そして「これからの時代は英語くらいできんとな」と教科書の例文を読んでいるうちに睡魔に襲われ、気が付けば机に突っ伏して寝てしまっていたのだった。
教室を施錠するため、巡回していた先生に起こされたのが午後六時。
部活動に使用している教室を除き、他はその時間に毎日施錠され、用のない生徒たちは下校するように促される。
勿論、それに逆らうこともなく、「よし、今日はよくやった」と園田は机の上に広げた教科書類を鞄ではなく机の中に押し込んでから、帰宅の途についた。
なんだか久しぶりに勉強したな、と顔に赤い跡をつけながらも園田は満足していたけれど、その日身についたことは実際何一つとしてなかった。
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