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 江国は一躍、時の人となった。  誰も気付くことのなかった彼の「美」に男女関係なく惹きつけられて、接触を試みた。しかし、それを邪険にすることはなくても、積極的に特定の人物と親しくしようとはしない江国のミステリアスな雰囲気に、男たちは凜々しさを感じ、女たちは心を奪われていった。  ここ数日間のクラスメイトの動向を眺めながら、自分だけはそんな目先のことに騙されまいと園田は考えていた。俺は、俺だけは奴の正体を知っているのだから、と。  あの日のことを思い出すと、未だに恐怖に支配され、身体の自由がきかなくなるような錯覚に陥る。しかしそれ以降、江国と接触する機会もなく、同じ教室にいながらも距離をとることができているので、なんとか平静を装いながら日々を過ごしていた。  あれは事故だった、悪い夢だった、と何度も自分に言い聞かせ、極力頭の中から排除しようと努めながら、クラスメイトとは正反対に江国から離れようと心掛け、完全には消し去れない記憶を苦々しく思いながらも、徐々に自分を取り戻しつつあった。  そうなると、差し当たっての問題は「進級をかけての自分との戦い」ということになる。  英語の授業では「いや、アイアムジャパニーズやで」と言い訳し、古典の授業では「いやいや、現代を生きるナウなヤングですやん」と取り繕い、物理では「そんな法則、俺がねじ曲げてみせる!」と虚勢を張った――残念ながら無理だった――。  つまり絶望的だった。何の希望も展望も見当たらない、自分の置かれた状況を再確認するためだけの時間が流れてゆく。差し迫る最後通告にただただ怯え、その時を迎えるのを待つしかない状況は、あの金縛りを連想させて目を背けたくなる。  しかし、目を背けた先に何があるわけでもない。希望も展望も、辺りを探してばかりなのではなく、自分で掴みにゆかなければならないのだと思いながらも、一人ではどうすることもできない虚しさに、いつもへたりこんでしまうのだった。
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