蜻蛉《かげろう》の娘

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***** 「バカな人」  引き裂いたばかりの白い便箋の欠片を見下ろして亜希子は涙を流した。  大きな目を更に丸くしているバービーに向かって語る。 「あの人はね、ウソつきなの。本当はあの広い電気会社の御曹司なのよ。もうしばらくしたらアメリカに留学もするんですって。私、会社の人たちが話しているのを聞いて初めから知ってたのよ」  離れた場所で煙草を燻らせた智恵の目も虚ろになる。 「でも、私、あの人のウソを信じてあげるふりをしていたの。だって私がなにかしてあげられるのは、ウソのあの人でしかないんだし、あの人と私とでは、そんなウソのなかにしかいっしょに住める場所がないんですもの。それを、いまごろ、ダマすのが気がとがめて、だなんて……」  はらはらと涙を流す亜季子の膝から粗末なハンドバッグの口が開き、封筒が床に落ちる。  湿った麦茶の出ガラが封筒の口からこぼれ落ちた。 「それ、麦茶の出ガラ?」  バービーが唖然とした声を出す。 「そうよ」  寂しく微笑んだ亜季子は床に散じた出ガラに目を落とす。 「あの人、やっぱり一ペンも開けてみなかったのね」  秋の日暮れの窓を臨む。  バービーはそんな亜季子を見守り、智恵は煙草を手にしたまま喫茶店の壁に飾られたニューヨークの夜景の写真を空しく眺める。  亜季子は低く呟いた。 「そうね。……きっと、もう、トンボも死んでしまったのね」  日暮れの迫る空を一台の旅客機が遠く飛んでいく。 「OK!」  セットの中の制服を纏った三人はどこか切なげな表情のままほっと息を吐いた。 「ありがとうございます」  スタッフの灰皿に煙草を置く智恵の声も澄んだ元の響きを取り戻してはいるものの寂しさを滲ませている。 「今日まで皆、頑張ってくれてありがとう」  監督は厳しい表情から一転して労った。
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