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会社の愚痴を静かに聞いてくれていたかと思えば、最後に学は辛辣なアドバイスをくれる。時には『それはお前がおかしいぞ』と一刀両断。はあ? と思うことも多いけど、彼の指摘は的を得ていた。
冷たくあしらう割には熱意を持って話を聞いてくれている彼。僕はだんだんと学が苦手ではなくなっていった。
うんうん、と何もかもを肯定してくれるのではなく、真剣に僕に向き合ってくれている学の姿勢が嬉しく思えた。
そして出会って半年ぐらい過ぎた頃には、ほぼ毎週、バーで会い一緒に飲んでいた。
『マナちゃん、この子ね、あんたが来ないと寂しそうなのよ』
ある日、ママがそう学に言うものだから僕は慌てて手を振った。
『ち、違うよっ』
『へぇー、随分可愛いこといってくれるじゃん』
ウイスキーの入ったグラスを傾けながら、学が笑う。僕は多分真っ赤になっていたのだろう。するとママは矛先を学に変えた。
『何言ってんの、マナちゃんだって、この子がいないと三十分もしないうちに帰っちゃうじゃないの』
『……へぇ、そうなんだ』
『たまたまだよ、ったく余計なことを』
ママはこうやって僕らをよく揶揄っていた。お互いに意識はしているものの、認めたくなくて。変な間柄にピリオドを打ったのはそれからしばらくして、夏の大雨の夜だった。
その日は朝、寝坊をしてしまい慌てていた。会社に行く支度をしながら、テレビはつけているだけで、いつもゆっくり見る天気予報を見れなかった。
家を出る時には晴れていたし、午後も雲が出始めたわりにはまだ雨の気配はしなかったから、僕は仕事を終えると傘も持たずに週末のバーへ。
『よぉ』
珍しく学が先に来ていて、店内を見渡すと金曜日だというのに、その日は人が少なかった。
『お疲れ、今日やけに人少ないね』
『給料前だからだろ』
学はそう答えて、オーダーしていたウイスキーを口にした。それから数時間、いつものように飲んで上機嫌に喋っていると、ママが突然あら大変と呟いた。
『電車、全線ストップしちゃってるわ』
『え? なんで』
『この雨じゃ、仕方ないわねぇ』
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