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 契約通りの一週間のサービスの後、ロージィはホルヘ、あるいはリコの元を去ることになる。そして立ち去る前に口にする、お決まりの一言を。 「これで契約期間は終了となりますが、契約者には継続レンタル、あるいはアンドロイド機体の購入という選択肢があります。一度のサービスごとに、契約者情報は最大二年間保存されます。二年間以内であれば、私がまたあなたに会えるってわけ。あるいは、別タイプのアンドロイドのレンタル契約も可能です。その際、レンタル期間の記憶を引き継ぐことも、完全に新しい個体としてサービス提供することも可能です。各種オプションに応じて追加料金がかかる可能性もありますので、詳しくはホームページをご参照ください。……じゃあ、元気でね」  そう言ってロージィは手を振る。彼はロージィの顔を見ただけで、返事はしなかった。  ロージィは淡々とした動作で、洗浄槽でもある、自分が入ってきた機械の中に収まる。それを運送用ロボットが回収して、無事サービス終了となる運びだ。その後は感覚器官を切ってしまうので、ロージィには外部の世界のことがどうなっているのかは知覚できない。  だから、この後のことは、ロージィの夢想、AIの思考の揺らぎが起こした、一種のバグだった。  ロージィは歩いている、彼女の抱くイメージの中で。群青の空の下、黄色い月が天上に浮かぶ、コロニーの偽物の夜空の下を。彼の部屋を一歩出れば、もう彼女は知らない女、誰にでも抱かれる一介の娼婦だ。短い期間尽くした男だからといって、ただの客でしかない。その行先を心配したり、拘ったりする必要なんて何一つないのだ。  ロージィ・ラブバード、人間に恋する愚かな鳥とは、ぴったりな名称だと、ロージィはそう思う。  人間の娼婦であれば、男にいいようにされたところで、内心では舌を出すことだってできる。利用された末に捨てられたら、恨んで唾を吐いて呪うことだってできる。だがロージィはAIだ、サービス対象者の幸福に最大限尽くし、その結果が望ましいものであったのか、分析して次に活かすことしかできない。  次とはロージィ自身ではなく、彼女の仕事を引き継ぐAIだ。ロージィ・ラブバードは実際には沢山いる、同タイプの外見、思考パターン、機能を持つアンドロイドは。だがこのロージィ、今現在、この機械の中で運搬されながら思考し、このイメージの中の夜空の下を歩いているのはこのロージィだけだ。  ロージィのデータは二年間保管されるが、同時に、データの非個人化を何重にも施した後、経験によって些細な進化を遂げたニューラルネットワークとともに分析にかけられる。その学習成果が次のロージィ・ラブバードに活かされ、この世界に存在しているロージィ・ラブバードは成長していく。だが、このロージィ自体のデータは二年間保管され、廃棄される。だから、このロージィは、ここにしか存在しないロージィだ。  ロージィはヒールのサンダルを脱いで片手で拾い上げ、裸足で月明かりの下をステップし、ターンする。偽物の月明かりに偽物の夜空、でもそんなイメージ自体、全部が偽物だ。  それからもう一度、彼のことを考える。ロージィの存在理由にとって不都合なほど特別な思いとはどんなものなのか、ロージィには分からない、それは彼女の思考回路の外にある。だから、きっと特別な思いではない。 「どうして人間は、思った通りに生きられないんだろう。思った通りに生きることのできる人間の世界は、存在するんだろうか。でもそんな世界では、私は存在しないのかも」 (了)
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