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 人類が宇宙空間で生活するようになってから、およそ二百年が経過しようとしていた。人類の衛星軌道上での生活、特にスペースコロニーの建設・運用計画は、当初考えられたものとは異なる形をとっている。当初は、コロニー間の移動を最小限にするための一つ一つのコロニー内での完全な自給自足、そのための各コロニーにおけるバイオマスおよび工業生産能力の維持が考えられていたが、その方式では占有体積に対する収容可能人口が少なかった。  そのため現在では、大きく分けて生活用、農業用、重工業用、地球環境再現用コロニーに分かれており、スペースコロニー間の人間の移動も活発に行われている。このような大規模コロニーはL4、L5ラグランジュポイント上に多数設置され、インゲン豆型の軌道を周回している。  スペースコロニーの建設は宇宙空間で行われる。作業の大部分は機械化されており、人工知能、AIを搭載したロボットたちが担っているが、一部では生身の人間によるオペレーションも必要となる。宇宙空間では制御を失ったスペースコロニー部品やその残骸は直ちにデブリ化するため、宇宙空間での作業は非常な危険を伴う。特に、人類がその主居住域を宇宙空間に移している現在ではデブリの問題は深刻であり、特にコロニー間連絡船の事故に伴って発生する巨大デブリは厄介な問題だった。  今回の契約対象、ホルヘ・ロペスは作業員であり、建設用ロボットの運用を建設現場のポッド内で監視する役目にあった。コロニー間連絡船事故が発生したのは当該事故の数時間前だったが、連絡船の機体残骸の一部がその場で回収されず、高速で管理区域を離脱し、ホルヘがいるポッドに突っ込んだ。ポッドの損壊により脚を挟まれたホルヘは救助されたものの、粉砕骨折により生身の脚を失うことになったのだった。会社の保証制度によって、ホルヘには手術、十分な入院期間、そして義足の提供が行われたが、重度の鬱状態に陥っていると医療AIにより診断された。そこで、医療的措置の一環として、パートナーAI搭載アンドロイドのレンタル使用が保険適用の範囲内で処方された。  このパートナーAI搭載アンドロイドの存在や機能も、スペースコロニーの運用形態と深く関わっている。現在では人口増減は政府によって厳密に管理されており、管理下にない人間同士の性的行為は処罰の対象となる。生殖活動が行えるのは有資格と認められた人間同士に限られていて、それも能力や生活状況の他、遺伝情報の分析によって分類された二級以下の市民については、人口計画の一環としてプロトコルに沿った運用が求められている。  そのため、生活用コロニーや重工業用コロニーの居住者では、夫婦や家族関係を持たない市民が多い。彼らは代わりに、パートナーアンドロイドを得て、家事労働や生活面、感情面のサポートをさせるほか、性的行為の対象としている。とはいえ、人間に近い外見と機能を有したパートナーアンドロイドは中流市民の給与の二、三年分に相当しており、貧しい者には手が出ない。そういった人々のために、より安価なバーチャルセックスという手段が提供されているが、それらは刺激の強さの反面、フラッシュバックからの鬱症状を引き起こすため、医療上は推奨されていない。  より穏当かつ健康的な手段として推奨されているのが、パートナーアンドロイドのレンタルである。期間限定ながら生活面のサポートやコミュニケーション、何より物理的に行為の相手が存在していることによる安心感が精神状態の改善をもたらすことが報告されており、対象者の状態に応じて保険適用での利用が可能となっている。  以上が、パートナーアンドロイド、ロージィ・ラブバードが、事故で下肢欠損した作業員、ホルヘ・ロペスの下に派遣された経緯だった。
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