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「…………」
起こせと言っていた割に、ホルヘは指定した時間の前に自分で起きてきた。
居間に足を踏み入れたところで言葉を失い、立ち尽くしている。
「びっくりした? 綺麗になったでしょ」
ロージィはホルヘに近寄ると、首を傾げる。今までずっと、居間の掃除をしていたのだった。アンドロイドには少し仕事して疲れたから休むという概念は存在していない。充電は必要だがまだ23%は残っているし、情報整理のための強制スリープモードは一日二時間と定められていた。
「…………」
ホルヘはただ言葉を失っている。視線の先には、書類の山は整理されて籠の中に入れられ、拭き上げられたデスクと、その中央に立てて置かれた写真立てがあった。
「あ、駄目だった? ごめんなさい」
「……いいんだ」
そう言うとホルヘは、椅子に座り込む。力無く、と言った風情で、それから顔を覆う。
「その、写真の話だ」
それからホルヘは語り始める。彼の昔話を。
「俺とあいつは、見分けがつかないぐらいよく似ていた。
兄のホルヘと、弟のリコ。一卵性双生児だったんだ。
どっちが弟でどっちか兄かなんて、本当のところはわかりゃしない。
どっちが先に生まれてきたか、それだけだったからな。
一卵性双生児だ。どういうことかわかるか?
政府の人口計画では、一度に一人が生産されるだけだ。
もし双子が生まれたら、速やかに政府に申告しなければならない。
片方は親元に残されるが、もう片方は連れて行かれる。
連れて行かれたほうがどうなるかは誰も知らない。
だが俺たちの両親は、どっちかを選ぶことはできなかった。
それで、一人しか生まれていないフリをしたようだ。
一人が隠れて、一人が外にいる。そんな風に生活していたんだ。
一卵性だから、遺伝情報を参照されても分かりはしない。
両親はそんな風に考えていたようだ。
だがそれも破綻した。指紋登録を受けたのが十二歳の時。登録したのは俺だった。
あいつは偽物と判定され、市民登録外の不法居住者として連行された。
結局、俺は両親のただ一人の息子、ホルヘとして、その後も生きてきた。
だが」
ホルヘはそこで言葉を切る。
「あいつがホルヘなんだ。俺がリコだ。偽物なんだよ、俺は」
彼は、再び顔を覆う。
「俺は生きてちゃいけないんだ。あいつが生きるべき人生を、俺が生きている。いつかは破綻する、いつかは罰を受ける日が来る、そう思って生きてきた。だがその日は訪れない、いつまで経っても」
彼、ホルヘでもありリコでもある男は、その目、濁って充血した白目と、その奥の澄んだ深い茶色の目でロージィを見つめる。
「誰にも話せずにここまで生きてきた。だが、話せて良かった。俺を通報してくれ。市民登録外の不法居住者だと」
ロージィは迷う。迷いはAIにとっては、優先順位の付けられない事象に対する判断の揺らぎを、それまで判断材料外とされていた情報を新たに参照してニューラルネットワークを再構築するためのタイムラグだ。そしてその思考回路で判断する、どういう判断を下し、どう行動すべきなのか。
彼の存在の適法性、その言動の信頼性、自殺願望による虚言の可能性、ロージィの目的、その存在意義。
「……遺伝情報も、指紋も、その他の住民情報も。全てが存在していて、それがあなたの情報と一致しているのなら、あなたが違法な存在であると判断する理由はない。私にも、誰にも。だから、通報のことは心配しないで。それから」
ロージィは口にする。正しいかどうか自分にも分からない、単なる気休めでしかない一言を。
「連行された計画外居住者がどうなったのか、知っている人は誰もいない。だから、死んだかどうかなんて分からない。生きているかもしれない、彼は」
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