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オリビアの依頼を受けて数日。あれよあれよという間に彼女の荷物が運び込まれ、なし崩し的に同居生活が始まった。当然エリンも「嫁入り前の娘が同居だなんて」等と苦言を呈したが、「これから死のうとしてるのに嫁入りなんてムード台無しじゃないですか……それに、メイドが言うにはこれは同棲らしいですよ」とすっかり化けの皮の剥がれた彼女に一蹴され、頼みの綱である陛下には黙殺された。
渋々一室を明け渡した翌日には既に彼女の部屋は模様替えが完了し、一週間としないうちにリビングの家具も何やら高級そうなものに一新されていたが、彼はこれが王都の最先端かと遠い目をしてぽつりと。
「陛下……俺、便利屋じゃなくて暗殺者なんですが」
とエリンは溜息混じりに謐く。
オリビアの状況報告に登城した際、件の一文に触れると国王クリス=エル=デルバールは破顔し、エリンの背を強く叩くと頻りに頷きながら。
「うむ、やはり奴の息子なだけあってストレートに聞いてくるか。まぁ、もし聞かずにあの娘に手を下していたら打首にするようお主の父からの進言があったが……問題無さそうだな」
「は、はい!」
威勢良く返事をしたエリンだが内心は後ろめたさで満ちていた。なにせ、オリビア監修とはいえアロマと称して夾竹桃を焚き、散歩中の彼女を弓……鏃に草鳥頭を仕込んだ剛弓で射るなんて計画を立てていたのだから。恐々とする彼にクリスは微笑を湛え。
「……冗談だ。まぁ、なんだ。あの娘には人並みには幸せになってもらいたい。そう思うのは贅沢か?」
「いえ、陛下のお考えは正しくございます。ただ、一つだけ質問がありまして……此度の件何故、私が選ばれたのですか?」
エリンの口を衝いたのは率直な疑問だった。国王直属である父とは違い、路傍の暗殺者である自身に、いくら不死とはいえ王女を任せるのは些か不用心な気がしてならず、敢えて己が選ばれた理由が気になるのも無理はない。
「……お主が豊富な知識と卓越した技術を持つ優れた暗殺者だったからだ、と言いたいところだが。勝手にオリビアが見つけてきたのがお主で、それもデルバール一の暗殺者と評される『悪鬼』ともなれば反対しようがあるまい」
「…………」
「それに、教会や魔導士に見せて分からなかった以上、次は呪いを疑うのは道理だろう?本当に私の娘は慧眼だ。呪いにも詳しい優秀な暗殺者を見つけてきたのだから」
穏やかな笑みを浮かべ、娘を称賛するクリスに彼は胸を撫で下ろすと、不意に肩を叩かれ。
「よし、エリンよ。今日から週に二度私にオリビアの様子を報告しに登城しろ。そして私とオリビア談義に花を咲かせようぞ」
※ ※ ※
談義は終始聞き手を務め、王妃が止めに入った隙にエリンは漸く王宮からの帰路につくとすでに日は暮れ魔石灯の光だけが爛々と輝いていた。興奮し切ったクリスが週に五日登城するよう言ってた気がするが、気のせいだろう。これ以上幸せは逃げないとばかりに溜息を吐くと彼は目を淀ませ。
「あ……そいや、殿下に遅くなるの伝えてなかった」
家に着くと、彼女は微笑を湛えていたが、その瞳はどこまでも凍てついていた。
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