12人が本棚に入れています
本棚に追加
「あら、エリン様おかえりなさい。依頼主を一人放置してこんな時間までどちらに行ってらしたのですか」
透き通るようなソプラノも今は鋭利なアイスピックのようで、どうしてこうなったと思いつつもエリンは機械的に応える。
「先刻まで登城しておりました。殿下には連絡を入れるべきだったと反省しております故、何卒ご容赦を」
「そうですよね。魔道具で連絡は出来たはずですのに……何故使わなかったのですか?」
事実、彼女に手渡された魔道具を使えば連絡ができたものの、娘について熱く語っていることを知られたくない陛下に没収され、今なお王宮にあるなど口が裂けても言えない、というより仕様も無さすぎて言いたくなかった。
「陛下に厳命されております故、私の口からは何も。気になるようでしたら王妃殿下にお聞きになられればよろしいかと」
「……そうですか」
彼は容易くクリスを売った。それも後ろめたさを微塵も感じさせぬ無垢な笑みを湛えて。
オリビアは件の魔道具を使い王妃と連絡を取ると、頬を紅潮させつつも瞳は相変わらず冷たいまま
「まあ、今回は理由があるので良いですが。次、このような事が起きたら……聡明な貴方なら分かりますよね?」
と彼に告げ踵を返すとテーブルへ着いた。
「え……と、これは殿下がお作りに?」
オリビアが蠅帳を取るとデルバールの郷土料理フィスクシュッペが二人分並んでいて、エリンは彼女が自身と夕餉を取るつもりだった事を漸く理解した。
「ええ、何処かの誰かさんがほっつき歩いてた所為で冷めてしまいましたけれど」
言葉の端々に棘を感じるが、自身に非があるのは明らかで、エリンは錻力細工のようにぎこちなく席に着いた。
※ ※ ※
エリンとオリビアは対面で食事を始めた。とはいえ、未だ気まずさを引き摺っており、どこかぎこちない空気がその場を流れるが彼女は素知らぬ顔でくすりと笑うと。
「……なんて冗談です。メイドからこう言えば面白い物が観れると聞いたものですから。つい」
「……え?」
「けど、連絡をして欲しかったのは本当ですよ。……その、殿方に手料理を振舞うのは初めてなので。できれば出来立てのものを食べて頂きたかったな……なんて」
その陶器のように白い肌には薄っすらと赤みがさし、あらぬ方向へ逸らされた碧眼と合わさって年相応の女子らしさを醸し出していた。とはいえ、それも数瞬のこと。エリンの視線に気がつくと彼女は矢継ぎ早に
「いや、その……別に冷めた料理を出して料理下手と思われたくないな〜とか考えたわけじゃなくて。えっと……」
言葉が纏らないのかオリビアは何事かをもにょもにょ唱えた後、彼を見つめ。
「あ……そうだ、後で感想を教えてください。それから、エリン様はお忙しそうなのでこれからは私が料理番をします。これはもう決定です。あと、先に言っておきますが『三食オートミールだから他の料理は分からない』とかはナシですからね」
「あ……はい」
勿論三食オートミールで済ますほどエリンは偏食家では無いのだが、ここ数日多忙を極めていた彼がそれで済ませていたのも事実。
ぐうの音も出ない彼を他所にオリビアは意気揚々と台所へ向かう。
「うわぁ……」
彼女が困ったように小さな声を上げると、エリンも後に続くようにして台所へ向かった。
最初のコメントを投稿しよう!