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「……殿方の冷蔵庫ってこんな感じなんですね」
若干引き気味の彼女の視線の先には、二パックの燻製を除き何一つ入っていない冷蔵庫があった。もっとも、その燻製もいつ作られたものか定かではなく直ぐに廃棄されたのだが。
「あ……明朝には買いに行きますので朝は店屋物でご勘弁を」
エリンは未だ固まり続けるオリビアに声をかけるが、彼女は頭を振ると楽しげな感情を滲ませながら。
「いえ、私が買ってきます。やっぱり自分の目で見て選びたいのです。それに、こう見えて目利きなので任せてください!」
とはいえオリビアを一人街に繰り出させるのは陛下からの依頼に抵触し、エリンの精神衛生上あまり良くない。
「……そうですか。それなら一緒に街まで行きませんか?どの道私も魔道具を回収し無ければなりませんし。荷物持ちくらいならできますよ」
「では、エスコートをお願いします」
※ ※ ※
その日の午後、二人の姿は商店街にあった。朝食をエリンの買ってきた店屋物と昨晩の残りで軽く済ませると、足早に街へと繰り出した。家を出て数分。王宮に足を運ぶと、騎士から魔道具を受け取りすぐさま踵を返す。
というのもクリスに捕まって仕舞えば昨日のようになるのは目に見えており、そこに彼を売ったことの恨み節が追加されること請け合いだからだ。とはいえ、それは杞憂に終わる。
「あの、エリン様……もしかして陛下を探していらっしゃいましたか?」
「いえ、そういうわけでは」
「なら良かったです……陛下は昨日の件で王妃から折檻を受けたそうで」
「そ、そうですか」
「はい!なので当分は謁見できないそうです」
自分の父に会えない——それも折檻が原因で——というのに、寧ろスッキリしたとでも言いたげに笑う彼女を横目に、エリンはただ苦笑を浮かべるしかなかった。
城門を抜けると、逸る気持ちを抑えれていない彼女に急かされるように商店街へ向かうが、急ぎ足でなくとも十分かからずに行ける。
王宮に程近いこともあり騎士が警邏しているそこは治安が良く、朝晩問わずそれなりに混むが、昼食時迄まだ時間があるからか少しだけ人気が少なかった。
とはいえ、オリビアが王女だと知られるのは都合が悪く、その一環としてエリンは商店街内では彼女を対等の存在として扱うよう言われている。
「此処が商店街ですか。陛下から聞いた通り広いですね」
「デルバール中からものが集まってくるというくらいだからな。この規模が妥当なのかもしれん」
さながら祭りに来た童のように興味津々の彼女に思わずエリンが手を差し出すと、それに指を絡めぽしょりと。
「その、逸れたら困るから……本当それだけですから。うん」
「ええ、勿論。分かってますよ」
昼時になり、勢いを増した人混みに流されるようにして出た先には魚屋があった。
「身もしっかりしてるし値段も……安い。エリン様、今日は鱈のムニエルにしますね」
「ああ、それで頼む」
「おや、エリンの旦那と……奥さんですかい?」
慣れた操作で鱈の会計を済ませると店主はそう言って鯖を数匹袋に詰め、彼に手渡す。
「ん……?店主、鯖の代金は払ってないぞ」
「いえ、エリンの旦那には本当に世話になりやしたから。あの時のお礼ってことで受け取ってくだせぇ」
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