十年後に会いましょう

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 仕事疲れの酒は良い。最近はなかなか来れなかったから、今日は久々の休息だ。 「あれ、坂下(さかした)じゃね?」 「うん? ……もしかして保積(ほづみ)か?」  保積は俺の当時憧れていた先輩の弟だ。告白しようと思って相談に乗ってもらったこともあった。 「おお、やっぱ坂下か。全然変わってねえなあ……」 「そりゃあ十年くらいじゃあ」 「はは、まあそうか。隣いいか?」 「ああ、どうぞ」  保積は俺の隣に座り、ビールを一杯注文する。 「懐かしいなあ……。お前、昔俺の姉さんにゾッコンだったんだよなあ」 「はは、ゾッコンなんて今時使わないだろ。まあでも、お姉さんには本当お世話になったよ」  そう言って俺たちは笑い合った。 「あれ、お前まだそれ付けてたのか?」  そう言って保積は俺の右手首に付けてある時計を指さした。 「ああ、これか……」  これは保積の姉さんが遠くに行くからと、俺にくれたものだった。 「そんな壊れた時計つけても仕方ないだろ? 外さないのか?」 「うん、外せないんだ。何か、もったいない気がしてさ」  保積を見ると呆れたような顔をしている。 「やれやれ、お前もしかしてまだ姉さんのこと」 「そういうわけじゃないさ。ただ、せっかくもらったものだしさ」  はあ、とため息をつく保積。 「お前、そんな感じで奥さんに愛想尽かされるんじゃあないか?」 「はは、あいにく結婚はしてないんだ」 「……お前、やっぱりさ」  俺は目の前に注がれた酒を一杯ぐいっといって、カウンターに突っ伏す。 「おいおい、大丈夫か?」  カウンターから顔を起こす。 「……。やっぱり、未練がましいよなあ……」 「お前、やっぱりか」 「……そうだよ。あれから十年経ってるのに、忘れられないんだ。それで、時計も外せないんだ。笑うよな?」 「いや、別に笑いはしないけどな。というか、そんなに想ってるんなら、今からでも会いにいってやれよ」 「無理だよ、今更」 「無理なもんか。好きなんだろ? 好きならどんと行ってこいよ」 「でもさ……」 「いいこと教えてやろうか。姉さんな、俺が言うのもなんだが、結構モテてたんだぜ。なのに未だに独身貫いてるんだ。……理由わかるか?」 「え……」 「あっちも誰かさんのことが忘れられないんだよ、ずっと」
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