6.僕だけのアイドルに

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 将来のスター歌手の歌が聴けるという噂が更に広まったようで、夜の閉店時間まで店にはひっきりなしに客が訪れた。  最初はぎこちなかった遥斗も、イェジュンの見様見真似でファンサービスらしいものをやってみたり、次第に客とのやり取りもスムーズにこなせるようになっていった。  二人は何度も歌を披露し、その度に皆からの温かい拍手と歓声を全身に浴びた。  閉店時間を迎え、最後の客を送り出した後、遥斗は心地良い疲労感と爽快感の両方で爽やかな汗を額に光らせていた。 「ヒョンア、ありがとう。ヒョンアが気を遣ってくれたおかげでとっても楽しかった。本当の歌手になったみたいだったよ」  遥斗はイェジュンに礼を述べた。それは嘘偽りのない心からの想いだった。イェジュンは照れ臭そうに顔を赤らめた。 「遥斗と一緒にアイドルっぽいことをしてみたくなっただけだ。礼を言うなら俺の方だ。お前がいなかったらここまで盛り上がらなかっただろうし」 「二人共お疲れ様。店の仕事に歌に大忙しだったわね。二人のおかげで今日は大繁盛よ。チャンヒョクさんから、今日は強力な助っ人を連れてくると言われていたけれど、こんなに凄い方だったなんてね」  厨房から母親が出てきて遥斗とイェジュンを労った。 「そんな……。僕、何か仕事で失敗してご迷惑をかけたりしていないか心配で……」 「そんな心配いらないわよ。よくやってくれたわ。それより、今日は疲れたでしょ。ほら、あなたたちの分のご飯。店の残りものだけど、ゆっくり食べて」  忙しすぎて、昼食も取っていないことに遥斗は気が付いた。美味しそうな料理を前に猛烈な空腹感が襲ってくる。 「ありがとうございます。いただきます」  遥斗は早速席について食べ始めた。温かくて優しい味が疲れた身体にじんわりと浸透していく。 「美味しい……」  遥斗は思わず呟いた。母親はニッコリと満面の笑みを浮かべた。 「気に入って貰えたようで良かったわ」 「本当に美味しいです」 「そりゃ、母さんの料理は俺の自慢だしな」  誇らしげに母親の料理を称えるイェジュンが微笑ましくて、遥斗の顔も自然と綻ぶ。 「二人にそこまで料理を認めて貰えるなんて光栄ね」  母親も上機嫌でニコニコと満面の笑みを浮かべた。
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