6.僕だけのアイドルに

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 イェジュンはそんな遥斗に淡々と自分の過去を語り始めた。 「親父が死んだのは、俺がまだ十三歳の時だった。学校でいきなり教師に呼び出されて、親父が事故に遭ったと伝えられた。急いで病院に駆けつけた時には、もう息を引き取っていた。道路を渡っている時に、猛スピードで走ってきた車に撥ねられて即死だったそうだ」 「ヒョンア……」  遥斗はいたたまれない気持ちになった。母親も神妙な顔をして俯いている。 「本当に大変だった。母さんはそれから一人で俺を育ててくれた。こんな小さな店を開いて、朝から晩まで働いてな。遊びにいく暇なんてなくて、いつも店に立ってる姿しか中学生の俺は見ていない。でも、そんな母さんが唯一ほっとした顔を見せる瞬間があった。それは母さんが好きな歌手の歌を聴いている時だった」 「それが、キム・ユンホなの。私、昔から彼の大ファンだったのよ」  母親の言うこのキム・ユンホという歌手は、韓国の歌謡界で中高年女性に絶大な人気を誇る国民的歌手だ。新曲を発売すれば即主要な音楽チャートで記録的なセールスを叩き出す。国内での人気に限っていえば、K-POPの世界でトップに君臨するLe Quintetteを凌ぐ程だ。 「それを見て、俺もいつか歌手になって、母さんに、それに母さんみたいに大変な想いをしている人たちに力を与えられるようになりたいと思った。でも、俺の家にダンススクールに通う金なんてなかったから、独学で歌もダンスも勉強して、オーディションを受けた。そして俺はcantare(カンターレ)に受かり、練習生になったんだ」  母親は照れ臭そうにイェジュンの背中をバシンと叩いた。 「もう、恥ずかしいじゃないのよ」 「何だよ。母さんからこの話を持ち出したんだろ?」 「そうだったかしら」  まるで親子漫才のようなやり取りを見せた後、母親は「よいしょ」と立ち上がった。 「私は厨房の片付けがあるから、あんたたちはそれを食べ終わったら早く寝なさい。明日はソウルに戻らないといけないでしょう?」 「はい。ありがとうございます」  頭を下げた遥斗に母親は微笑んだ。 「私はね、イェジュンには幸せでいてほしいの。それは、この子が歌手になる夢を叶えることができなかったとしても同じよ。どんな形であれ、ね。でも、もし歌手になるのだとすれば、遥斗さんが一緒ならきっとイェジュンは幸せになれると思う」  そう言い残して母親は厨房の奥へと戻っていった。
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