7.夢を叶えてくれてありがとう

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 心身共に疲労がピークに達していた時、なかなか寝付けずにいる遥斗にイェジュンが声を掛けてきた。 「遥斗、起きてるか?」 「……うん」  返事にもいつもの覇気はない。すると、ガサゴソとベッドからイェジュンが起き出す音がした。そして、遥斗のベッドの中にイェジュンが入ってきた。 「ヒョンア、どうしたの!?」 「お前、普段、俺と恋人っぽいことが出来ないって文句言ってただろ。だから、たまには……な」  イェジュンからの思わぬ恋人らしい振る舞いに遥斗は喜びたかった。だが、心が疲弊し切った今、心を躍らせる余裕もすっかり失われていた。 「そう……なんだ」 「何だ。嬉しくなさそうだな」  イェジュンは遥斗の薄い反応に不満気だ。だが、遥斗は正直に自分の抱える不安を話す訳にもいかず、誤魔化した。 「ごめん……。急にヒョンアがそんなことするから驚いちゃって」 「そうか。……まぁ、そうだよな……」  イェジュンの方もいつになく歯切れが悪い。その後しばらく、二人の間に重苦しい沈黙が流れた。 「俺、不安なんだ」  長い長い沈黙を破り、イェジュンがポツリと呟いた。 「え? ヒョンアが?」  いつも完璧にダンスと歌をこなし、チームの要となっているイェジュンからの弱音に遥斗は驚きを隠せない。 「ああ。毎日練習していても、ショーケースで失敗したらどうしようって不安が頭から離れないんだ。こんなにパフォーマンスすることが怖いと思ったの、初めてだ。遥斗は平気か?」 「僕も同じだよ。本番が怖くて不安で仕方ない」  いつも頼り甲斐のあるイェジュンの弱った姿に遥斗も動揺して声が震えた。 「……そうか。お前も同じか。俺、どんなにパフォーマンスに不安がある時でも、今までなら練習を頑張ればその不安は消えていた。でも、今回は違う。どんなに練習をしても、不安なんだ。デビューするってこんなに怖いことだったんだなって、俺、初めて知ったよ」 「ヒョンア……」  遥斗は言葉を失った。  いつも万全の状態を期すために、練習に全力投球する。そのおかげで遥斗たちは何度も大きな壁を乗り越え、こうしてデビューに漕ぎ着けたのであるが……。  だが、イェジュンの口からそんな不安が漏れると、遥斗も心許なさが増す。  イェジュンは何度か何かを口にしようとしてはやめて黙り込んでいたが、やがて言い出しにくそうにしながらとある提案をした。 「なぁ、遥斗。どうせなら、ショーケース本番は口パクにしないか?」 「……え?」 「ブライアン先生は口パクでもいいって言ってくれてるだろ? もし歌でミスをしたり、歌のせいでダンスが乱れたらどうする? 口パクしているグループなんていくらでもあるし、ダンスさえ完璧に踊れれば世間は一定の評価をしてくれる。なら、歌うのをやめてダンスに集中した方が合理的だと思わないか?」  イェジュンの提案に遥斗の心は揺れ動いた。
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