7.夢を叶えてくれてありがとう

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 確かに口パクにすれば、歌わない分、ダンスに集中できる。  完成度が求められるK-POPの世界においては、下手に生歌を披露して失敗するよりは、戦略的に歌を口パクにしてダンスに特化したステージを披露するグループも多い。高音パートで音を外すくらいなら、歌っているフリをしてダンスに集中していた方がマシだからだ。  だが、それは遥斗の歌手デビューを飾る記念すべきステージで披露するパフォーマンスのあるべき姿なのだろうか。遥斗は何を夢見てイェジュンとのデビューを目指してきたのだろう。 「だめだよ、そんなこと言ったら」  遥斗は静かに言った。 「僕はヒョンアと一緒に歌うのが楽しくて、Pegasusでヒョンアと絶対デビューするんだと思って今まで頑張ってきたんだ。僕は、ヒョンアと一緒に歌っている時が一番楽しいんだ。それなのに、僕たちにとって一回きりのデビューステージで歌わないなんて、きっと後で後悔する。ヒョンアは僕と歌うの、嫌?」  イェジュンは黙り込んだ。  遥斗も自分で自分の発言をもう一度心の中で繰り返した。  イェジュンと歌うのが楽しい。遥斗はずっとそう感じてきた。  遥斗がPegasusでのデビューに漕ぎ着けることができたのも、イェジュンと歌いたいという一心に全てをかけてきたからだ。イェジュンもそんな遥斗の歌が好きな純粋な心が一番大切だと以前語っていたではないか。  歌が好き。そこに他人からの評価は関係ないはずだ。そんな単純だが大切なステージに立つ動機を忘れる訳にはいかない。 「そうだな。確かに、そうだ」  イェジュンは噛み締めるように呟いた。その声にはいつもの力強さが戻っている。 「Spreme Wingのラスサビをお前と歌わずに終わらせるなんて、勿体ないよな。俺にとってもお前と歌うことがデビューを目指す最大の原動力なのに」  イェジュンは遥斗の手をしっかりと握った。 「歌おう。最高の歌をファンに届けよう。歌が楽しいんだって気持ちを俺たちで会場に響かせよう。そのために今まで頑張ってきたんだもんな」 「うん。楽しもうね、デビューショーケース。歌が待ってる」  遥斗とイェジュンは抱き合い、静かに口付けを交わした。  その夜、遥斗は久しぶりにぐっすりと眠った。デビューショーケースで頭が真っ白になる夢も、この夜を境に見ることはなくなった。  遥斗とイェジュンはずっと歌い続けた。撮影現場に移動する車の中でも、撮影の合間にも、ダンスレッスンの最中でさえ。  そんな二人に呼応するように、チャンヒョクとヨハンの歌やラップにも声に張りが出てきた。今や四人は激しい振り付けを一糸乱れることなく踊りながら、完璧に歌もこなしていた。  デビューショーケースの日はもう数日後に迫っていた。
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